top of page

JICPAが監査法人シドーと社員2人を懲戒処分|オルツ監査で何が問題だったのかを解説

執筆者の写真: 安田亮
安田亮
12 時間前
読了時間: 11分

おはようございます!代表の安田です。


日本公認会計士協会(JICPA)は2026年9月2日、AI開発会社オルツの監査を巡り不備があったとして、監査法人シドーに対して会員権3カ月停止の懲戒処分を行ったと公表しました。


また、同監査法人の社員2人についても会員権を7カ月停止し、金融庁長官に懲戒処分を請求しています。


今回の処分で特に重要なのは、単に個別の監査手続が不足していたというだけではなく、監査対象会社のビジネスモデルを正しく理解していなかったことが、リスク評価や不正シナリオ、リスク対応手続の誤りにつながったとJICPAが整理している点です。


これは監査人だけの問題ではありません。

上場会社側にとっても、自社の収益構造や取引実態を監査人に正確に説明し、会計処理との整合性を確認することの重要性を改めて示す事例といえます。


本日は、今回の懲戒処分の概要、認定された監査上の不備、ビジネスモデルの理解がなぜ重要なのか、上場会社の経理・財務部門が確認すべきポイントについて、公認会計士が解説します。


JICPAによる懲戒処分の概要

今回公表された処分の概要は次のとおりです。

対象

JICPAによる処分

監査法人シドー

会員権3カ月停止

社員2人

会員権7カ月停止

社員2人について

金融庁長官に懲戒処分を請求

JICPAは、オルツの2023年12月期および2024年12月期の財務諸表監査について、監査基準報告書等で求められる事項が適切に実施されていなかったと認定しました。


なお、今回のJICPAによる「会員権停止」は、それ自体が監査業務その他の公認会計士業務を直接禁止する処分ではありません。


ただし、今後、社員が金融庁から業務停止などの処分を受けた場合には、監査法人シドーが上場会社等監査人名簿から登録取消しとなる可能性があるとされています。


オルツでは約119億円の売上高過大計上

オルツを巡る会計不正は証券取引等監視委員会の調査を契機として発覚しました。


その後公表された第三者委員会の調査報告書では、同社の議事録作成サービス「AI GIJIROKU」について、売上の大半が実態を伴わないものであったと認定されています。


売上高の過大計上額は、2021年12月期から2024年12月期までで約119億円に上ったとされています。


JICPAはその後、同社の監査を担当していた監査法人シドーの監査状況について調査を開始しました。


JICPAが認定した4つの監査上の不備

今回の審査では、主に次の4項目について要求事項等が遵守されていなかったと認定されています。

項目

主な内容

① 売上高に関するリスク評価手続

売上にどのような重要な虚偽表示リスクがあるかを適切に評価する手続

② 広告宣伝費等に関するリスク評価手続

関連する費用取引等についてのリスク把握

③ 売上高に関するリスク対応手続

識別したリスクに対して実施する具体的な監査手続

④ 職業的懐疑心の保持・発揮

入手した証拠を批判的に評価し、不自然な点を追究する姿勢

4つは独立した論点に見えますが、資料では、その根本に会社のビジネスモデルに対する理解不足があったと説明されています。


最大の問題は「ビジネスモデルを正しく理解していなかった」こと

JICPAによると、監査上の不備が生じた大きな要因は、監査法人側がオルツのビジネスモデルを正しく理解していなかったことにありました。

オルツは有価証券報告書で、AIサービスの収益認識に関する会計方針を、「SaaS型ソフトウェア利用サービスの提供による収益」と記載していました。


ところが、監査法人側は実際の取引について異なる理解をしていたため、適用する財務報告の枠組みに関する判断を誤り、その結果、

  • 重要な虚偽表示リスクの識別

  • 不正シナリオの検討

  • 具体的な監査手続

も、本来のリスクに十分対応できないものになったとされています。


なぜビジネスモデルの理解が監査で重要なのか

監査では、単に会計帳簿や請求書の数字が一致していることだけを確認すればよいわけではありません。


例えばSaaS企業であれば、少なくとも次のような点を理解しなければ、売上にどのようなリスクが存在するかを適切に判断することは困難です。

確認事項

具体例

誰が顧客なのか

法人・個人・代理店等

何を販売しているのか

利用権、ライセンス、サービス等

いつサービスを提供するのか

契約期間、利用開始時点等

どのように料金が決まるのか

月額、年額、従量課金等

誰が支払うのか

契約者本人、第三者等

売上計上の根拠

契約、利用実績、請求、入金等

解約・返金条件

無料期間、キャンセル、返金等

この取引実態を理解したうえで、初めて、「どのような方法で架空売上や売上前倒しが行われる可能性があるのか」という不正リスクを考えることができます。


リスク評価を誤ると監査手続も的外れになる

今回の事例から得られる重要な教訓は、リスク評価が間違っていれば、その後に多くの監査手続を行なっても、本当に確認すべき問題を見落とす可能性があるということです。


監査の流れを単純化すると、次のようになります。

段階

内容

① 会社・事業を理解する

ビジネスモデルや取引実態を把握

② 不正リスクを識別する

どのような不正が起こり得るかを検討

③ リスクを評価する

どの項目に重大なリスクがあるか判断

④ 監査手続を設計する

リスクに対応する証拠を入手

⑤ 証拠を評価する

矛盾や不自然な点を検討

⑥ 監査意見を形成する

財務諸表が適正か判断

①の事業理解を誤ると、②以降も連鎖的に誤る可能性があります。

今回JICPAが指摘した内容は、まさにこの問題を示しています。


「収益認識」は監査で特に重要な論点

売上高は、多くの企業において業績を測る重要な指標です。


そのため、不正会計が発生する際にも、

  • 架空売上

  • 売上の前倒し

  • 循環取引

  • 契約実態のない売上

  • 売上取消しの未処理

など、収益認識を利用した不正が問題となることがあります。


特に新しいビジネスモデルでは、従来型の「商品を出荷して売上計上」といった単純な取引だけでなく、

  • SaaS

  • サブスクリプション

  • プラットフォーム

  • 広告

  • ポイント

  • 代理店取引

  • 複合契約

など、取引構造が複雑になりやすいため、契約内容と収益認識の対応関係を丁寧に確認する必要があります。


上場会社側にも「ビジネスモデルを説明する責任」がある

今回の直接的な処分対象は監査法人とその社員ですが、企業側にも重要な示唆があります。

監査人が会社のビジネスモデルを正確に理解するためには、会社側からも適切な情報提供が必要です。


特に、

  • 新サービスを開始した

  • 販売方法を変更した

  • 代理店取引を導入した

  • 課金方法を変更した

  • 契約条件を変更した

  • M&Aによって新しい収益モデルが加わった

といった場合には、単に仕訳処理を説明するだけではなく、取引の商流そのものを監査人へ説明することが重要です。


経理部門だけではなく営業・事業部門との連携が必要

企業のビジネスモデルを最も詳しく理解しているのは、必ずしも経理部門とは限りません。

そのため、複雑な収益取引については、

部門

主な役割

営業部門

商流、顧客、契約実態を説明

事業部門

サービス内容・提供方法を説明

法務部門

契約条件を確認

経理部門

会計処理・収益認識を検討

内部監査

業務プロセス・統制を確認

監査法人

不正リスク・会計処理を監査

という形で部門横断的に整理する必要があります。

経理担当者が契約書と請求書だけを見て処理し、事業の実態を十分理解していない状態は、会社側にとってもリスクになります。


職業的懐疑心とは

今回認定された不備の一つが「職業的懐疑心の保持・発揮」です。


監査では、会社から提出された説明や証拠を無条件で信用するのではなく、

  • この説明は他の証拠と整合しているか

  • 不自然な取引ではないか

  • 別の説明が成り立たないか

といった批判的な視点から検討することが求められます。


例えば、

  • 売上は急増しているのに入金が伴わない

  • 顧客数と売上高の伸びが整合しない

  • 広告費が異常に増えている

  • 契約条件と会計処理が一致していない

  • 社内資料と監査資料の説明が異なる

といった「矛盾する情報」があれば、追加の確認が必要です。


今回のJICPA処分と金融庁処分は別

ここは制度上、区別して理解する必要があります。


今回公表されたのはJICPAによる懲戒処分です。

会員権停止そのものは、公認会計士として監査業務を行なうことを直接制限するものではありません。


一方、社員については金融庁長官へ懲戒処分が請求されています。

今後、金融庁から業務停止等の処分が行われれば、監査法人シドーについて上場会社等監査人名簿の登録取消しにつながる可能性があります。

したがって、

処分

今回の状況

JICPAによる懲戒

実施済み

金融庁による社員への処分

今後の判断

上場会社等監査人名簿からの登録取消し

今後の金融庁処分等によって可能性あり

という整理になります。


JICPAは再発防止策を強化

JICPAは今回の問題等を踏まえ、監査品質を改善するための対応も進めています。

2026年8月には「上場会社等の監査を行う監査事務所の適格性の確認のためのガイドライン」を改正しました。


さらに、中小監査事務所の多くが利用する「監査ツール」についても、監査手続の各場面でより具体的に注意喚起できるよう見直し、年内に公表する予定とされています。


今回の処分だけでなく、同様の問題を防ぐために監査実務そのものを改善していく動きが進んでいます。


上場会社が確認しておきたいポイント

今回の事例を踏まえ、企業側でも次のような事項を確認しておくことが考えられます。

確認項目

ポイント

ビジネスモデル

経理部門が取引実態を理解しているか

収益認識

契約と会計処理が一致しているか

新規サービス

開始時に会計処理を検討しているか

商流

顧客・代理店・資金の流れを把握しているか

売上証憑

契約・利用実績・請求・入金を確認できるか

不正リスク

架空売上等が発生し得る仕組みを検討しているか

部門間連携

営業・法務・経理が情報共有しているか

監査人との協議

新規・特殊取引を早期に説明しているか

矛盾情報

異常なデータを調査する仕組みがあるか


監査人への説明資料を整備することも有効

新規事業や複雑な取引については、監査人から聞かれてから都度説明するのではなく、事前に資料を整理しておくことが有効です。


例えば、次のような内容をまとめた「ビジネス理解資料」を作成する方法もあります。

項目

記載内容

サービス概要

何を提供しているか

顧客

誰に販売しているか

商流

契約・サービス・請求・入金の流れ

契約条件

重要な権利義務

料金体系

月額、従量等

売上計上基準

いつ・なぜ売上計上するか

証拠

売上の実在性を裏付ける資料

特殊事項

代理店・返金・解約等

会計判断

収益認識基準との対応

こうした資料は、監査対応だけでなく、社内の会計処理を標準化するうえでも有用です。


まとめ

JICPAは2026年9月2日、オルツの監査を巡る不備について、監査法人シドーと社員2人に懲戒処分を行ないました。


今回認定された主な不備は、

  • 売上高に関するリスク評価

  • 広告宣伝費等に関するリスク評価

  • 売上高に関するリスク対応

  • 職業的懐疑心の保持・発揮

の4点です。


そして、その背景としてJICPAが挙げているのが、オルツのビジネスモデルを監査法人側が正しく理解していなかったことです。


ビジネスモデルの理解を誤れば、不正リスクの想定を誤り、そのリスクに対応する監査手続まで不十分になる可能性があります。


これは監査人だけの問題ではありません。

上場会社側でも、自社の取引実態を経理部門が十分理解しているか、契約内容と収益認識が整合しているか、監査人に商流を正確に説明できているかを確認することが重要です。


特にSaaSやサブスクリプションなどの新しいビジネスモデル、代理店を介した取引、新規サービスについては、会計処理を決算時に後追いで検討するのではなく、サービス設計や契約開始の段階から経理・法務・事業部門・監査人が連携して検討することが望まれます。



神戸での起業や開業に関するご相談、確定申告にお困りの方、顧問税理士をお探しの方は安田亮公認会計士・税理士事務所までお問い合わせください!


<あわせて読みたい>


【この記事の執筆者】

安田 亮(公認会計士・税理士)

安田亮公認会計士・税理士事務所 代表

京都大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。有限責任 あずさ監査法人、株式会社神戸製鋼所での実務経験を経て、2018年に神戸市で独立。

現在は、中小企業から上場企業に対する税務顧問、決算支援、税効果会計、連結決算、新リース会計基準への対応、組織再編、補助金・助成金に関する支援などを行なっています。また、金融機関や大手企業が運営する税務・会計・経営分野のWebメディアにおいて、記事の執筆・監修にも携わっています。

事務所ブログでは、税制改正や会計基準、経営実務に関する情報を、専門用語をできるだけかみ砕き、経営者や経理担当者の方に役立つ形で解説しています。


神戸の税理士事務所ロゴ

コメント


bottom of page