のれん非償却をめぐる議論とは?経済同友会の意見書から考えるM&A会計と開示の見直し
- 安田 亮
- 2 日前
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おはようございます!代表の安田です。
のれん非償却をめぐる議論とは?経済同友会の意見書から考えるM&A会計と開示の見直し
M&Aを行なう企業にとって、買収後の業績に大きな影響を与える会計論点の一つがのれんの償却です。
日本基準では、買収により発生したのれんを一定期間にわたって規則的に償却する処理が基本とされています。一方、IFRSや米国基準では、のれんは原則として償却せず、減損テストにより価値の下落を把握する考え方が採られています。
こうした中、経済同友会は2026年6月22日、「改めてのれんの非償却を求める」と題する意見書を公表しました。同意見書では、比較可能性やM&A促進の観点から、のれん非償却の導入が本来的に望ましいとの考えが改めて示されています。
本日は、公認会計士の視点から、のれん償却・非償却の基本、経済同友会の意見書のポイント、仮に償却を維持する場合の開示見直し、企業実務への影響を整理します。
のれんとは何か
のれんとは、企業買収において、取得した企業の純資産の時価を超えて支払った金額をいいます。
たとえば、ある会社を100億円で買収し、取得した資産・負債を時価評価した純資産額が70億円だった場合、差額の30億円がのれんとして認識されます。
こののれんには、買収先企業のブランド力、顧客基盤、人材、技術力、将来収益力、買収によるシナジー効果など、個別に識別しにくい超過収益力が含まれていると考えられます。
M&Aを積極的に行う企業では、のれん残高やのれん償却費が損益に大きく影響することがあります。そのため、のれんを償却するか、非償却とするかは、企業の利益表示、投資家評価、M&A戦略に関わる重要テーマです。
日本基準ではのれん償却が基本
日本基準では、のれんは一定期間にわたり規則的に償却する処理が基本です。
これは、買収時に取得した超過収益力は永続するものではなく、時間の経過とともに減価していくという考え方に基づいています。
のれん償却のメリットは、買収に伴う投資コストを買収後の期間にわたって損益に反映できることです。買収価格に含まれるプレミアムを毎期費用化するため、買収後の利益を慎重に表示できる面があります。
一方で、のれん償却には次のような課題もあります。
M&A後の営業利益・経常利益・純利益を継続的に押し下げる
IFRSや米国基準を採用する海外企業との比較が難しくなる
償却期間の設定に経営者の判断が入りやすい
成長投資としてのM&Aが会計上不利に見える場合がある
投資家が企業の実力値を把握しにくくなることがある
特に、M&Aを成長戦略の柱とする企業にとって、のれん償却費は業績指標に大きな影響を与えるため、長年議論の対象となっています。
のれん非償却とは
のれん非償却とは、のれんを毎期規則的に償却せず、価値が著しく下落した場合に減損損失を認識する方法です。
この方法では、買収後にのれんの価値が維持されている限り、毎期の償却費は発生しません。そのため、M&A直後の利益が償却費で圧迫されにくくなります。
のれん非償却を支持する立場では、主に次のような理由が挙げられます。
IFRSや米国基準との比較可能性が高まる
M&Aを通じた成長投資を後押ししやすい
のれんの価値が維持されている場合、機械的な償却は実態を反映しない
投資家が買収後の事業収益力を見やすくなる
グローバル企業との競争条件をそろえやすい
一方で、非償却にすると、のれん残高が貸借対照表に積み上がりやすくなります。また、減損テストの判断には経営者の見積りが大きく関わるため、減損の認識が遅れるリスクもあります。
経済同友会が改めてのれん非償却を求めた背景
経済同友会は、2026年6月22日に「改めてのれんの非償却を求める」意見書を公表しました。
同意見書では、のれん非償却の導入が、比較可能性やM&A促進の観点から本来的に望ましいとの考えが改めて強調されています。
この背景には、日本企業の成長戦略としてM&Aの重要性が高まっていることがあります。
人口減少、国内市場の成熟、事業ポートフォリオ改革、海外展開、スタートアップ買収など、企業が成長するためには、自前主義だけでなく、外部資源を取り込むM&Aが重要になっています。
しかし、日本基準でのれん償却が続くと、M&A後の利益が償却費により下押しされます。その結果、M&Aに積極的な企業ほど会計上の利益が見劣りする可能性があります。
経済同友会は、この点を踏まえ、のれん非償却を導入することで、企業の成長投資やM&Aを後押しすべきとの立場を示していると考えられます。
償却期間・償却方法のガイダンスでは不十分との指摘
のれん非償却をめぐる議論では、仮にのれん償却を維持する場合でも、償却期間や償却方法に関するガイダンスを整備する案があります。
償却期間や償却方法に関するガイダンスが整備されれば、企業間でばらつきやすい償却期間の設定について、一定の透明性を高める効果は期待できます。
しかし、経済同友会の意見書では、このようなガイダンスについて、償却期間の恣意性に対する不透明感の解消には一定程度つながるものの、M&A促進や成長投資の後押しには結び付かないとしています。
つまり、償却期間をより明確にしても、のれん償却費が毎期発生する構造自体は変わりません。M&A後の利益が償却費により圧迫される問題も残ります。
このため、経済同友会は、ガイダンスの整備ではなく、のれん非償却そのものの導入を求めているといえます。
開示の見直しとして「のれん償却前利益」の記載を求める動き
経済同友会の意見書では、仮にのれん償却を維持する場合の対応として、開示の見直しにも言及しています。具体的には、決算短信において、次のような指標を、のれんの有無にかかわらず必須の記載項目とすることを求めています。
のれん償却前営業利益
のれん償却前経常利益
のれん償却前純利益
これらの指標は、のれん償却費を除いた利益水準を示すものです。
M&Aを行なった企業では、のれん償却費の有無により営業利益や純利益が大きく変わる場合があります。そのため、のれん償却前の利益を開示することで、投資家は買収後の事業収益力を把握しやすくなります。
一方で、のれん償却前利益は、あくまで償却費を除いた補助的な指標です。のれんは買収に伴う投資コストであるため、これを完全に無視してよいわけではありません。
企業がのれん償却前利益を開示する場合には、通常の会計上の利益との違い、のれん償却費の金額、M&Aの投資回収状況なども併せて説明することが重要です。
のれん償却前利益を開示するメリット
のれん償却前利益を開示することには、いくつかのメリットがあります。
(1)M&A後の事業収益力を把握しやすい
のれん償却費は、買収時に発生した会計上の費用配分です。そのため、企業の現在の事業運営から生じる収益力を把握する際には、のれん償却前の利益を見ることが有用な場合があります。
(2)企業間比較がしやすくなる
同じ業界でも、M&Aを積極的に行っている企業と、自社成長中心の企業では、のれん償却費の有無により利益水準が異なります。
のれん償却前利益を併せて開示することで、投資家は企業間比較を行いやすくなります。
(3)海外企業との比較にも役立つ
IFRSや米国基準では、のれん非償却が採用されています。そのため、日本基準企業がのれん償却後の利益だけを示すと、海外企業との比較が難しくなる場合があります。
のれん償却前利益を開示すれば、完全ではないものの、海外企業との比較可能性を補う情報になります。
(4)M&Aの成果を説明しやすい
企業がM&Aの成果を投資家に説明する際、のれん償却後の利益だけでは、買収後の事業パフォーマンスが見えにくいことがあります。
のれん償却前利益を示すことで、買収した事業がどの程度利益を生み出しているかを説明しやすくなります。
のれん償却前利益の開示で注意すべき点
もっとも、のれん償却前利益を開示する場合には注意も必要です。
(1)利益をよく見せるための指標にならないようにする
のれん償却前利益は、通常の会計上の利益より高く表示されることがあります。そのため、企業が都合のよい利益指標として強調しすぎると、投資家に誤解を与える可能性があります。
(2)会計上の利益との調整表を示す
投資家に分かりやすくするためには、営業利益、経常利益、純利益から、のれん償却費をどのように調整したのかを明示することが重要です。
(3)のれん残高や減損リスクも説明する
のれん償却前利益だけを示すと、買収に伴うリスクが見えにくくなる可能性があります。
のれん残高、償却期間、減損リスク、買収後の事業計画の進捗も併せて説明することが望まれます。
(4)M&Aの投資回収状況を示す
のれん償却費を除いた利益が良好でも、買収価格に見合ったリターンが得られているかは別問題です。
投資家に対しては、買収後の売上・利益・キャッシュ・フロー、シナジー実現状況なども説明することが重要です。
のれん非償却を導入した場合の企業実務への影響
仮に日本基準でのれん非償却が導入された場合、企業実務には大きな影響が生じます。
(1)M&A後の利益が変わる
のれん償却費がなくなれば、M&Aを行った企業の営業利益や純利益は押し上げられる可能性があります。特に、大型買収を行なった企業や、のれん残高が大きい企業では、業績指標への影響が大きくなります。
(2)減損テストの重要性が高まる
非償却になれば、のれんは減損テストによって価値を検証することになります。
将来キャッシュ・フロー、割引率、成長率、事業計画の合理性などについて、より高度な見積りと監査対応が求められます。
(3)買収後管理がより重要になる
のれん非償却では、毎期の償却費による費用化がなくなる一方、買収後の事業価値が下がれば多額の減損損失が発生する可能性があります。
そのため、PMI、買収後の業績管理、シナジー効果のモニタリング、投資回収状況の把握がより重要になります。
(4)開示の充実が必要になる
非償却になった場合でも、のれんのリスクがなくなるわけではありません。
むしろ、のれん残高が財務諸表に残り続けるため、投資家に対して、のれんの内容、事業別残高、減損テストの前提、感応度分析などを丁寧に説明する必要が高まります。
のれん償却を維持した場合の実務対応
一方、のれん償却が維持される場合でも、企業は開示や説明を工夫する必要があります。
経済同友会が指摘するように、償却期間や償却方法に関するガイダンスが整備された場合には、企業は自社の償却期間の合理性をより明確に説明することが求められる可能性があります。
また、決算短信や決算説明資料で、のれん償却前利益を示す実務が広がる可能性もあります。企業としては、次のような対応が考えられます。
のれん償却費の金額を分かりやすく開示する
のれん償却前営業利益などの補助指標を検討する
M&Aごとの償却期間の考え方を整理する
買収後の投資回収状況を説明する
のれん残高と減損リスクを明確に示す
IFRS・米国基準企業との比較可能性を補足する
投資家との対話で問われるポイント
のれん会計をめぐる議論は、会計基準だけの問題ではありません。投資家との対話にも直結します。
投資家は、単に「のれん償却費があるかどうか」だけを見ているわけではありません。むしろ、次のような点に関心を持っています。
なぜそのM&Aを行なったのか
買収価格は妥当だったのか
買収後のシナジーは実現しているのか
のれん償却費を考慮しても投資回収できているのか
のれん残高に減損リスクはないか
のれん償却前利益と会計上の利益の差はどの程度か
今後もM&Aを成長戦略として継続するのか
企業は、のれん非償却を求める議論だけでなく、自社のM&A戦略と買収後の成果を投資家に説明できる体制を整える必要があります。
企業が今から準備すべきこと
のれん会計の見直し議論を踏まえ、企業は次のような準備を進めておくとよいでしょう。
のれん残高を買収案件別・事業別に整理する
のれん償却費が営業利益・経常利益・純利益に与える影響を試算する
のれん償却前利益を社内管理指標として把握する
決算短信や決算説明資料での表示方法を検討する
償却期間や償却方法の設定根拠を文書化する
買収後の業績、シナジー、投資回収状況をモニタリングする
減損テストに必要な事業計画や前提条件を整備する
投資家からの質問に答えられる説明資料を準備する
実務チェックリスト
のれん償却・非償却をめぐる議論に備えて、企業は次の点を確認しておきましょう。
自社ののれん残高を把握しているか
のれん償却費が各段階利益に与える影響を把握しているか
のれん償却前営業利益・経常利益・純利益を算定できるか
決算短信や決算説明資料での補助指標開示を検討しているか
のれん償却期間の設定根拠を説明できるか
M&Aごとの投資回収状況をモニタリングしているか
のれん残高と減損リスクを事業別に管理しているか
減損テストに用いる事業計画の合理性を確認しているか
IFRS・米国基準企業との比較可能性を意識しているか
投資家との対話でM&Aの成果を説明できるか
まとめ
経済同友会は、2026年6月22日に「改めてのれんの非償却を求める」意見書を公表し、比較可能性やM&A促進の観点から、のれん非償却の導入が本来的に望ましいとの考えを改めて示しました。
同意見書では、仮にのれん償却を維持する場合でも、償却期間や償却方法に関するガイダンスだけでは、M&A促進や成長投資の後押しには結び付かないとしています。また、開示の見直しとして、決算短信において「のれん償却前営業利益」「のれん償却前経常利益」「のれん償却前純利益」を必須記載項目とすることを求めています。
のれんの会計処理は、M&A戦略、企業価値評価、投資家との対話に大きく関わるテーマです。今後、日本基準においてのれん非償却を導入するか、償却を維持しつつ開示を見直すかは、引き続き重要な論点となります。
企業としては、制度改正を待つだけでなく、自社ののれん残高、償却費の影響、M&Aの投資回収状況、減損リスクを整理し、投資家に対して買収の成果とリスクを分かりやすく説明できる体制を整えておくことが重要です。
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