ソフトウェアの資産計上はいつから?SaaS・クラウドサービス時代の会計処理を公認会計士が解説
- 安田 亮
- 1 日前
- 読了時間: 9分
こんにちは!代表の安田です。
近年、ソフトウェア開発に投資する企業が増えています。
自社の業務効率化を目的としたシステム開発だけでなく、SaaS、クラウドサービス、スマートフォンアプリ、サブスクリプション型サービスなど、ソフトウェアを活用して収益を獲得するビジネスモデルも一般的になりました。
このような中で、実務上よく問題になるのが「ソフトウェア制作費をいつから資産計上するのか」という論点です。
ソフトウェア開発には、企画、調査、要件定義、設計、開発、テスト、リリース、保守・改修など多くの工程があります。これらの支出をすべて費用処理するのか、一部をソフトウェアとして資産計上するのかによって、会社の利益や貸借対照表の見え方は大きく変わります。
本日は、日本基準におけるソフトウェア会計処理の基本と、特に自社利用ソフトウェアの資産計上開始時点について、公認会計士の視点からわかりやすく解説します。
ソフトウェア制作費は「制作目的」で区分する
日本基準におけるソフトウェア制作費は、取得形態ではなく、制作目的によって区分します。
つまり、自社で開発したか、外部ベンダーに依頼したか、外部から購入したかという点だけで会計処理が決まるわけではありません。重要なのは、そのソフトウェアを何のために制作・取得したのかという点です。
大きく分けると、ソフトウェアは次のように整理されます。
まず、外部に販売することを目的とするソフトウェアがあります。これはさらに、顧客からの注文に応じて制作する受注制作のソフトウェアと、不特定多数の顧客に販売する市場販売目的のソフトウェアに分けられます。
一方で、会社自身が利用することを目的とするものは、自社利用のソフトウェアに分類されます。たとえば、販売管理システム、会計システム、在庫管理システム、顧客管理システム、社内ワークフローシステムなどが該当します。
近年では、SaaSやクラウドサービスを提供するためのシステムも、この分類の検討対象になります。顧客にソフトウェアを販売するというより、自社が保有・運用するシステムを通じてサービスを提供し、利用料を得る形態だからです。
SaaS・クラウドサービスで会計判断が難しくなる理由
従来の市場販売目的のソフトウェアは、完成したソフトウェアを複製して販売する形が想定されていました。パッケージソフトやダウンロード販売型のソフトウェアをイメージするとわかりやすいでしょう。
しかし、SaaSやクラウドサービスでは、顧客がソフトウェアそのものを購入するわけではありません。顧客は、インターネット経由でソフトウェアの機能を利用し、その対価として月額利用料や年額利用料を支払います。
この場合、事業者側から見ると、ソフトウェアの機能を顧客に提供して収益を獲得しているものの、ソフトウェア自体を複製して販売しているわけではありません。
そのため、従来型の「市場販売目的のソフトウェア」として単純に整理することが難しいケースがあります。
実務上は、SaaSやクラウドサービスに関連するソフトウェアについて、自社利用目的のソフトウェアとして会計処理を検討するケースが多く見られます。これは、自社が管理するシステムを用いて継続的にサービスを提供し、将来の収益獲得を図るという実態に着目する考え方です。
市場販売目的ソフトウェアの資産計上の考え方
市場販売目的のソフトウェアについては、最初に製品化された製品マスターが完成するまでに発生した費用は、研究開発費として処理する考え方が採られています。
製品マスターとは、簡単にいえば、複製して販売するための完成版のもとになるものです。製品として販売可能な状態に至るまでの段階では、技術的な不確実性や市場で受け入れられるかどうかの不確実性が残っているため、研究開発費として費用処理されます。
一方、製品マスター完成後に発生する支出については、内容に応じて資産計上の対象になる場合があります。ただし、すべての支出を機械的に資産計上できるわけではありません。機能追加、バージョンアップ、改良、保守、不具合対応など、それぞれの支出が将来の収益獲得にどのように貢献するのかを検討する必要があります。
自社利用ソフトウェアはいつから資産計上するのか
実務上、特に判断が難しいのが自社利用ソフトウェアです。
自社利用ソフトウェアについては、将来の収益獲得または費用削減が確実であると認められる状況になった時点から、資産計上を検討することになります。
ここでポイントとなるのは、「将来の収益獲得または費用削減が確実」といえるタイミングをどのように判断するかです。
市場販売目的のソフトウェアのように、製品マスターの完成という比較的わかりやすい区切りがあるわけではありません。そのため、実務では会社ごとに判断の幅が生じやすい論点です。
多くの実務では、要件定義が確定した時点を資産計上開始の目安とするケースがあります。
要件定義とは、開発するシステムに必要な機能、性能、業務要件、処理内容、利用範囲などを明確にする工程です。言い換えると、「どのようなシステムを作るのか」が具体的に固まる段階です。
この段階に至ると、単なる調査や構想ではなく、将来利用する具体的なソフトウェアの開発に入ったと判断しやすくなります。
要件定義前の支出はどう考えるか
では、要件定義が確定する前に発生した費用はどうなるのでしょうか。
一般的には、企画、調査、比較検討、構想策定、実現可能性の検討などの段階で発生した費用は、資産計上ではなく費用処理されるケースが多いと考えられます。
この段階では、そもそもシステムを開発するかどうかが確定していない場合があります。また、どのような機能を持つシステムにするのか、将来の収益獲得や費用削減にどの程度つながるのかが明確でないこともあります。
そのため、まだ将来の経済的便益が確実とはいえない段階の支出については、慎重に判断する必要があります。たとえば、次のような支出は、資産計上の対象外となる可能性があります。
新システム導入のための初期調査
複数ベンダーの比較検討
概算見積りの取得
導入可否を判断するための社内検討
業務フローの棚卸しや課題整理
プロトタイプ作成のうち実用化が未確定なもの
もちろん、具体的な会計処理は個別事情によって異なります。重要なのは、支出が発生した時点で、どの開発フェーズに該当するのかを整理しておくことです。
資産計上の根拠資料を残すことが重要
ソフトウェアの資産計上では、会計処理そのものだけでなく、判断の根拠を残すことが非常に重要です。
特に、自社利用ソフトウェアの場合、資産計上開始時点について一律の明確な日付が定められているわけではありません。そのため、会社として「なぜこの時点から資産計上を開始したのか」を説明できる資料を整備しておく必要があります。
実務上は、次のような資料が重要になります。
要件定義書
仕様書
開発計画書
プロジェクト計画書
取締役会議事録
社内稟議書
予算承認資料
ベンダーとの契約書
見積書、発注書、検収書
開発工程表・リリース計画
特に、要件定義の確定や開発着手について、社内で正式に承認されたことを示す資料は重要です。取締役会、経営会議、稟議承認など、会社の意思決定プロセスに沿った証跡を残しておくことで、会計監査や税務調査の際にも説明しやすくなります。
SaaS事業者が注意すべきポイント
SaaS事業者の場合、サービス開始前の開発費だけでなく、サービス開始後の追加開発費や改修費の取扱いも論点になります。
たとえば、新機能の追加、料金プランの拡張、大規模なUI改善、セキュリティ機能の強化、外部サービス連携機能の追加などは、将来の収益獲得に貢献する可能性があります。
一方で、軽微な不具合修正、日常的な保守、既存機能の維持管理、障害対応などは、通常は発生時の費用として処理されることが多いでしょう。
重要なのは、支出の名称ではなく実態です。同じ「改修費」や「開発費」という名目であっても、将来の収益獲得に資する新たな機能追加なのか、既存機能を維持するための保守なのかによって、会計処理は変わります。
SaaS事業では継続的に開発が行われるため、プロジェクト単位、機能単位、開発フェーズ単位で支出を管理する体制が必要です。
税務上の取扱いにも注意
ソフトウェア制作費は、会計上の処理だけでなく、税務上の取扱いにも注意が必要です。
会計上は費用処理した支出であっても、税務上は資産計上が必要になる場合があります。また、会計上ソフトウェアとして資産計上した場合には、税務上の耐用年数や償却開始時期を確認する必要があります。
一般的に、ソフトウェアは無形固定資産として取り扱われ、一定期間にわたって償却されます。ただし、利用目的や内容によって税務上の処理が異なる場合があるため、金額が大きい開発案件では事前に確認しておくことが望ましいです。
また、研究開発税制の対象となる可能性がある支出については、会計処理とは別に、税額控除の適用可否も検討する必要があります。
中小企業でも早めの整理が必要
ソフトウェア会計処理は、上場企業や監査対象会社だけの問題ではありません。
中小企業であっても、システム開発費が多額になる場合、会計処理の違いが決算書に大きな影響を与えることがあります。特に、金融機関から融資を受けている会社、補助金申請を行う会社、外部株主がいる会社、将来的にM&AやIPOを検討している会社では、ソフトウェア制作費の処理方針を明確にしておくことが重要です。
また、資産計上する場合には、償却費として将来期間に費用配分されます。そのため、短期的な利益だけでなく、中長期的な損益への影響も確認しておく必要があります。
開発プロジェクトが始まってから慌てて整理するのではなく、企画段階から会計・税務上の論点を把握しておくことが望ましいでしょう。
まとめ
ソフトウェア制作費の会計処理では、まず制作目的を明確にすることが重要です。自社制作か外部購入かではなく、販売目的なのか、自社利用目的なのか、SaaSやクラウドサービスの提供基盤なのかによって、検討すべき会計処理が変わります。
特に、自社利用ソフトウェアについては、将来の収益獲得または費用削減が確実と認められる時点から資産計上を検討します。実務上は、要件定義が確定した時点を資産計上開始の目安とするケースが多く見られます。
ただし、要件定義の確定をもって必ず資産計上できるというわけではありません。開発内容、承認状況、将来の利用可能性、収益獲得や費用削減との関係を総合的に判断する必要があります。
SaaSやクラウドサービスのように、従来の会計基準が想定していたビジネスモデルと異なる取引では、形式的な分類だけでなく、実態に即した検討が欠かせません。
ソフトウェア開発費は金額が大きくなりやすく、会計処理の判断によって利益や資産額に大きな影響を与えます。開発プロジェクトを進める際には、要件定義書、仕様書、稟議書、契約書などの資料を整備し、資産計上の開始時点や費用処理との区分を明確にしておくことが大切です。
ソフトウェア制作費の会計処理に迷う場合には、早い段階で公認会計士や税理士に相談し、自社の状況に合った処理方針を整理しておくことをおすすめします。
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