奨学金貸付けの返済免除は所得税がかかる?従業員向け制度の税務と設計上の注意点
- 安田 亮
- 9 時間前
- 読了時間: 11分
こんにちは!代表の安田です。
医療機関や介護事業者、福祉関係法人などでは、人材の採用や資格取得を支援するため、従業員に学費を貸し付け、一定期間勤務した場合に返済を免除する「奨学金貸付制度」を設けることがあります。
たとえば、病院が准看護師や看護師を目指すスタッフに学費を貸し付け、資格取得後に数年間勤務すれば返済を免除する仕組みです。
従業員にとっては学費の負担を抑えられ、病院側にとっては資格取得の促進や人材定着につながるため、双方にメリットがあります。
一方で、返済を免除した金額について、
従業員の給与として所得税がかかるのか
非課税の学資金として扱えるのか
会社側は福利厚生費で処理してよいのか
といった税務上の疑問が生じます。
本日は、従業員向けの奨学金貸付制度について、貸付時と返済免除時の税務、非課税となるための要件、契約書作成時の注意点を税理士が解説します。
奨学金の「貸付時」には原則として所得税はかからない
病院や会社が従業員に学費を貸し付けた段階では、従業員には返済義務があります。
従業員が受け取った金銭は、給与としてもらったものではなく、将来返済すべき借入金です。そのため、適正な金銭貸借として処理されている限り、貸付時点で直ちに給与所得が発生するわけではありません。
たとえば、病院が従業員の看護学校の授業料として100万円を貸し付けた場合、病院側では次のように処理します。
従業員貸付金 1,000,000円/普通預金 1,000,000円学校へ直接支払う場合も、実態が従業員に対する貸付けであれば、病院側には従業員貸付金などの債権が残ります。
したがって、貸付時点で全額を福利厚生費や研修費として処理するのではなく、まずは貸付金として管理するのが基本です。
問題になるのは返済を免除したとき
一定期間の勤務などの条件を満たしたことにより、病院が貸付金の返済を免除すると、従業員はそれ以後その金額を返済する必要がなくなります。
この返済免除により、従業員は経済的な利益を受けます。
原則的に考えれば、使用者が従業員の借金を免除した場合、その経済的利益は給与所得として課税される可能性があります。
ただし、免除された金額が所得税法上の「学資に充てるため給付される金品」に該当し、所定の要件を満たす場合には、給与として課税しない取扱いが認められます。
国税庁も、従業員の資格取得に必要な授業料等を会社が貸し付け、一定期間の勤務に応じて返済を免除する制度について、所定の事実関係のもとでは、返済免除による経済的利益を非課税の学資金として取り扱って差し支えないとしています。
学資金が非課税になる基本的な考え方
所得税法では、学資に充てるため給付される金品は、原則として非課税とされています。
ただし、給与その他の対価としての性質を持つものは、非課税の対象から除かれます。
そのため、会社が「奨学金」という名称を付ければ必ず非課税になるわけではありません。制度の実態や支給対象者、金額、用途などから判断する必要があります。
従業員が使用者から受ける学資金については、主に次の要件が重要です。
<通常の給与に上乗せして与えられるものであること>
非課税となるためには、学資金が通常の給与に加えて与えられるものでなければなりません。たとえば、本来の月給を5万円減額し、その代わりに毎月5万円を奨学金として支給するような制度は、実質的には給与の付け替えにすぎません。
このような場合、奨学金という名称であっても給与として課税される可能性が高くなります。
一方、従来の給与を一切減額せず、資格取得に必要な学費を別途支援する制度であれば、通常の給与に加算して与えられるものと判断されやすくなります。
国税庁も、本来支給すべき給与を減額し、その相当額を学資金として支給するものは給与課税の対象になると説明しています。
<学術や技芸を習得するための費用であること>
非課税の対象となる学資金は、学術や技芸を習得するための資金であり、その目的に実際に使用されるものをいいます。
対象になり得る費用としては、一般に次のようなものが考えられます。
学校の入学金
授業料
実習費
教材費
教科書や専門書の購入費
資格取得のために直接必要な講座費用
制度の対象額に法律上の一律の上限が定められているわけではありませんが、教育内容や資格取得に照らして必要かつ相当な金額であることが重要です。
生活費や私的な支出まで一括して奨学金に含める場合には、本当に修学に必要な費用なのか、より慎重な検討が必要になります。
資金の使途を確認できること
会社が従業員の銀行口座へ一括で振り込み、その後の使途を確認していない場合、学資目的の支給であることを証明しにくくなります。
税務上の説明をしやすくするには、次のような方法が考えられます。
会社から学校へ授業料を直接支払う
従業員から学校の請求書を提出してもらう
領収書や振込明細を保管する
支給対象となる費用を規程に明記する
目的外使用があった場合の返還規定を設ける
国税庁の質疑応答事例でも、資格取得に必要な授業料等を会社が専門学校へ直接払い込んでいたことが、学資目的であると判断する事情の一つになっています。
役員本人の学費は原則として非課税にならない
従業員向けの学資金制度を設ける際には、対象者にも注意が必要です。
法人が役員本人の学資に充てるため支給する費用は、原則として非課税の学資金の対象にはなりません。
また、役員や従業員の親族など、本人と特別な関係にある人の学費を会社が負担する場合も、原則として非課税の対象外です。
国税庁は、法人が支給する場合について、次のような費用を非課税対象から除外しています。
役員本人の学資に充てる費用
役員や従業員と特別な関係にある者の学資に充てる費用
「特別な関係にある者」には、親族のほか、事実婚関係にある者や、従業員から受ける金銭によって生計を維持している者などが含まれます。
ただし、その親族本人も会社の従業員であり、親族だけを特別扱いするのではなく、一般の従業員と同じ制度・条件で学資金を受ける場合には、非課税として認められる余地があります。
入社前の学生に貸し付ける場合は特に注意
現在の従業員に対して資格取得費用を支援する場合と、まだ入社していない学生に対して奨学金を貸し付ける場合とでは、税務上の検討ポイントが異なります。
たとえば、看護学生に学費を貸し付け、
卒業後は必ず当院に入職すること
当院で5年間勤務すれば全額返済を免除する
と定めた場合、返済免除が将来の勤務に対する対価としての性質を持つ可能性があります。
一方、自治体が医学生に修学資金を貸し付け、卒業後に地域内の複数の医療機関のいずれかで勤務すれば返済を免除する制度については、貸付者自身への勤務を条件としていないことなどから、役務提供との直接的な対価関係がないとして、非課税の学資金に該当するとされた国税庁の文書回答事例があります。
したがって、入社前の学生に対する制度では、次の点を個別に検討する必要があります。
貸付者への就職が返済免除の絶対条件か
勤務が免除額の直接的な対価になっていないか
対象者を公平に募集しているか
人材採用の報奨金としての性格が強くないか
金額が実際の学費として相当か
「一定期間勤務すれば免除」という条件があるだけで直ちに課税になる、または直ちに非課税になるとは限りません。制度全体の事実関係から判断されます。
会社側の会計処理はどうなる?
<貸付時>
従業員に返済義務がある段階では、原則として貸付金として資産計上します。
従業員貸付金 1,000,000円/普通預金 1,000,000円<返済免除時>
一定の勤務条件を満たし、100万円の返済を免除した場合には、貸付金を取り崩します。
福利厚生費等 1,000,000円/従業員貸付金 1,000,000円ただし、使用する勘定科目だけで税務上の取扱いが決まるわけではありません。
制度の内容によっては、次のような処理や検討が必要になります。
給与手当
研修費
福利厚生費
採用教育費
役員給与
特に、返済免除額が給与所得に該当する場合には、会社には源泉徴収が必要になる可能性があります。
また、役員に対する返済免除は、役員給与として法人税上損金算入できない可能性があるため、従業員の場合よりも慎重な判断が必要です。
奨学金貸付契約書を作成する
奨学金制度を運用する場合、口頭の約束だけで済ませるのは避けるべきです。
少なくとも、契約書や社内規程に次の事項を明記しておきましょう。
貸付対象者
貸付対象となる学校や資格
貸付金額
貸付期間
利息の有無
資金の使用目的
学費の確認方法
返済時期と返済方法
返済免除の条件
途中退職した場合の取扱い
資格を取得できなかった場合の取扱い
休職・産休・育休期間の勤務年数への算入
死亡や傷病など特別な事情が生じた場合の取扱い
「資格取得後3年間勤務すれば免除」と定める場合でも、いつから3年間を数えるのか、欠勤や休職期間を含むのかなどを明確にしておかなければ、後日トラブルになる可能性があります。
奨学金貸付契約書には印紙税がかかることがある
従業員との間で作成する書類が、金銭を貸し付けた事実と返済義務を定める「金銭消費貸借契約書」に該当する場合、印紙税の課税文書となる可能性があります。
契約書の名称が「奨学金貸付契約書」や「修学資金貸与契約書」であっても、印紙税は書類のタイトルではなく、記載内容によって判断されます。
書面で金銭消費貸借契約を締結する場合には、契約金額に応じた収入印紙が必要になる可能性があるため、事前に確認しましょう。
なお、貸付希望者が会社に申込書を提出し、会社が別途承認通知を出すなど、契約書を一通の課税文書として作成しない運用も考えられます。
ただし、単に印紙税を避ける目的で形式だけを変更すると、契約関係が不明確になるおそれがあります。税務面だけでなく、労務管理や債権回収の観点も含めて設計することが重要です。
制度設計時に確認したいチェックリスト
奨学金貸付制度を導入するときは、次の点を確認しましょう。
<税務面>
対象者は従業員か、入社前の学生か
役員を対象から除外しているか
通常の給与を減額していないか
返済免除が勤務の直接的な対価になっていないか
支援額が学費として合理的な範囲か
学費への使用を証明できるか
給与課税となる場合の源泉徴収を検討したか
<制度・労務面>
対象資格を明確にしているか
貸付金額の上限を定めているか
返済免除までの勤務期間が過度に長くないか
途中退職時の返済条件が明確か
休職や育児休業の取扱いが明確か
対象者を恣意的に選んでいないか
契約書と社内規程の内容が一致しているか
<証拠書類>
学校の募集要項
入学許可証や在学証明書
授業料等の請求書
振込明細
領収書
奨学金貸付契約書
返済免除の決定書
勤務期間を確認できる資料
これらを保存しておくことで、税務調査の際にも、返済免除が学資目的の制度であることを説明しやすくなります。
まとめ
従業員に対する奨学金の返済免除は、必ず給与として課税されるわけではありません。
資格取得に直接必要な学費であり、通常の給与に上乗せして支援され、役員や特定の親族に対する特別な利益ではないなどの要件を満たせば、所得税が非課税となる可能性があります。
重要なポイントは次のとおりです。
貸付時は原則として貸付金として処理する
返済免除時には従業員に経済的利益が生じる
所定の要件を満たす学資金は非課税となり得る
給与の減額分を奨学金に振り替える制度は給与課税される
役員本人の学費は原則として非課税にならない
入社前の学生に対する制度は勤務との対価性を慎重に検討する
学費の請求書や領収書を保存する
契約書には返済・免除条件を具体的に定める
契約書が印紙税の課税文書になるか確認する
奨学金制度は、人材確保や従業員の能力向上に有効な施策です。しかし、制度名だけで非課税になるものではなく、実際の契約内容や運用方法によって税務上の結論が変わります。
制度を新設する場合や、既存の貸付金を免除する場合には、免除を実行する前に税理士へ相談することをおすすめします。
神戸での起業や開業に関するご相談、確定申告にお困りの方、顧問税理士をお探しの方は安田亮公認会計士・税理士事務所までお問い合わせください!

【この記事の執筆者】
安田 亮(公認会計士・税理士)
安田亮公認会計士・税理士事務所 代表
京都大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。有限責任 あずさ監査法人、株式会社神戸製鋼所での実務経験を経て、2018年に神戸市で独立。
現在は、中小企業から上場企業に対する税務顧問、決算支援、税効果会計、連結決算、新リース会計基準への対応、組織再編、補助金・助成金に関する支援などを行なっています。また、金融機関や大手企業が運営する税務・会計・経営分野のWebメディアにおいて、記事の執筆・監修にも携わっています。
事務所ブログでは、税制改正や会計基準、経営実務に関する情報を、専門用語をできるだけかみ砕き、経営者や経理担当者の方に役立つ形で解説しています。





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