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のれんは償却すべきか、非償却とすべきか?FASF情報要請から考える日本基準の今後

  • 執筆者の写真: 安田 亮
    安田 亮
  • 5 日前
  • 読了時間: 11分

おはようございます!代表の安田です。


企業買収やM&Aの会計処理で、長年議論されているテーマの一つがのれんの会計処理です。


日本基準では、のれんは一定期間にわたり規則的に償却する処理が基本とされています。一方、IFRSや米国基準では、のれんを償却せず、減損テストによって価値の下落を把握する考え方が採られています。


こうした中、財務会計基準機構(FASF)は、「のれんの非償却の導入及びのれん償却費計上区分の変更」に関する情報要請を行い、寄せられたコメントを公表しました。コメントでは、のれんの非償却を支持する意見がある一方で、導入に慎重な意見も多く示されています。


本日は、公認会計士の視点から、のれん非償却をめぐる議論のポイント、賛成・反対それぞれの考え方、企業実務への影響を整理します。


1. のれんとは何か

のれんとは、企業買収において、取得した会社の純資産の時価を超えて支払った金額をいいます。


たとえば、ある会社を100億円で買収した際、取得した資産・負債を時価評価した純資産が70億円であれば、差額の30億円がのれんとして認識されます。


こののれんには、買収先企業のブランド力、顧客基盤、人材、技術力、将来の収益力、シナジー効果など、個別に識別しにくい価値が含まれていると考えられます。


のれんはM&Aの成否や企業価値評価に大きく関わるため、その会計処理は投資家・経営者・監査人にとって重要な論点です。


2. 日本基準では「のれん償却」が基本

日本基準では、のれんは原則として一定期間にわたり規則的に償却します。実務上は、買収によって発生したのれんを、その効果が及ぶと見込まれる期間にわたって費用処理していきます。


この考え方の背景には、買収によって取得した超過収益力は永続するものではなく、時間の経過とともに減価していくという見方があります。


のれん償却のメリットは、買収に伴う投資コストを一定期間にわたり損益に反映できることです。これにより、買収後の利益が、のれん償却費を通じて慎重に表示されます。


一方で、償却期間の設定には判断が伴います。買収効果が何年続くのかを客観的に見積もることは難しく、定額償却が実態を正確に表しているのかという疑問もあります。


3. のれん非償却とは

のれん非償却とは、のれんを毎期規則的に償却せず、減損の兆候や定期的な減損テストにより、価値が大きく下落した場合に損失を認識する方法です。


この方法では、買収後に企業価値が維持されている限り、のれん償却費は発生しません。そのため、M&A直後の利益が償却費で圧迫されにくくなります。


国際的には、IFRSや米国基準がのれん非償却を採用しているため、日本基準でも非償却を導入すべきではないかという議論があります。


特に、海外企業との比較可能性や、M&Aを積極的に行なう企業の業績表示の観点から、のれん非償却を支持する声があります。


4. FASFの情報要請で問われた論点

FASFは、「のれんの非償却の導入及びのれん償却費計上区分の変更」に関する情報要請を行い、主に次のような項目についてコメントを求めました。

  • のれん非償却の導入を支持する理由

  • のれん非償却の導入を支持しない理由

  • のれんの償却と非償却の選択制を支持する理由・支持しない理由

  • のれん償却費の計上区分を変更することへの意見

  • 単体財務諸表への影響

  • 会計基準の開発範囲や開発期間


公表されたコメントでは、のれん非償却を支持する理由が14件、支持しない理由が26件寄せられています。支持・不支持の双方に一定の論拠があり、単純に国際基準に合わせればよいという話ではないことが分かります。


5. のれん非償却を支持する理由

のれん非償却を支持する意見としては、主に次のような理由が挙げられています。


(1)M&Aを促進しやすい

のれんを償却すると、買収後の損益に償却費が継続的に計上されます。そのため、M&Aにより将来成長を目指す企業ほど、買収後の会計上の利益が圧迫される可能性があります。

非償却とすれば、買収後の利益がのれん償却費によって機械的に減少しないため、企業がM&Aに踏み切りやすくなるという考え方があります。


(2)国際的な比較可能性が高まる

IFRSや米国基準では、のれんは非償却とされています。そのため、日本基準だけが償却を続けると、海外企業との利益比較が難しくなる場合があります。

海外投資家が多い企業や、グローバルM&Aを行なう企業にとっては、国際的な比較可能性の向上は大きな論点です。


(3)定額償却が実態と合わない可能性がある

のれんには、ブランド、顧客基盤、技術、人材、シナジーなど、多様な要素が含まれています。これらは、有形固定資産のように物理的に摩耗するものではありません。

そのため、固定した年数で毎期同じ金額を償却する方法は、実態と乖離する可能性があります。非償却としたうえで、毎期減損テストを行う方が、のれんの価値変動をより適切に反映できるという見方があります。


(4)償却期間の設定が難しい

のれんを償却する場合、何年で償却するかを決める必要があります。しかし、買収効果が何年続くかを合理的に見積もることは容易ではありません。

そのため、償却期間の判断が企業間でばらつき、比較可能性を低下させる可能性があります。


6. のれん非償却を支持しない理由

一方で、のれん非償却に慎重な意見も少なくありません。


(1)買入のれんは時間とともに減耗する

買収時に発生したのれんは、買収時点で取得した超過収益力を表すものです。しかし、その価値は時間の経過とともに減耗していくと考えられます。

買収後の経営努力によって企業価値が維持・向上したとしても、それは買収時に取得したのれんというより、買収後に企業が自ら作り出した価値、いわば自己創設のれんに近いものです。

自己創設のれんは会計上、資産として認識しないのが原則です。そのため、のれんを非償却とすると、実質的に自己創設のれんを資産計上し続けることになるのではないか、という懸念があります。


(2)減損認識が遅れる可能性がある

のれん非償却では、価値が下落した場合に減損損失を認識します。しかし、減損テストには経営者の見積りや判断が大きく関わります。


将来キャッシュ・フローや成長率、割引率の設定次第で、減損のタイミングが左右される可能性があります。その結果、本来もっと早く損失を認識すべきところ、認識が遅れがちになる、いわゆる「too little, too late」の問題が指摘されています。


(3)財務諸表にのれん残高が積み上がる

のれんを償却しない場合、M&Aを重ねる企業では、のれん残高が大きく積み上がる可能性があります。

のれん残高が大きくなると、将来の減損リスクも大きくなります。通常時には利益が高く見えていても、ある期に多額の減損損失が発生すれば、業績や財務状態に大きな影響を与える可能性があります。


(4)一度非償却にすると後戻りが難しい

今回のコメントで特に注目されるのが、会計基準変更の不可逆性です。

米国や中国では、のれんの会計処理を「定額償却+減損」から「非償却・減損のみ」へ変更した結果、各社でのれん残高が大幅に積み上がり、実務上、のれん償却を再導入することが極めて困難な状況になっているとの指摘があります。

つまり、のれん非償却の導入は、一度実施すると簡単には元に戻せない「一方向」の会計基準改正になり得ます。短期的な国際的整合性だけでなく、中長期的な会計制度全体への影響を踏まえた慎重な判断が求められます。


7. 選択制という考え方は妥当か

議論の中では、のれんの償却と非償却を企業が選択できるようにする案も考えられます。


一見すると、企業の実態に応じた処理を選べるため柔軟性がありそうです。しかし、選択制には大きな課題があります。


最大の問題は、企業間の比較可能性が低下することです。同じようなM&Aを行なっていても、ある企業は償却、別の企業は非償却を選択すれば、利益の見え方が大きく変わります。

また、企業が利益を大きく見せたい局面で非償却を選ぶなど、会計方針の選択が業績表示に影響を与える懸念もあります。


そのため、選択制を導入する場合には、開示の充実や適用条件の明確化が不可欠となります。


8. のれん償却費の計上区分変更とは

今回の情報要請では、のれんの非償却だけでなく、のれん償却費の計上区分の変更も論点になっています。


現在、のれん償却費は営業費用として表示されることが多く、営業利益を押し下げる要因となります。そのため、のれん償却費を営業外費用などに表示することで、事業本来の収益力をより分かりやすく示せるのではないか、という考え方があります。


一方で、のれんは事業買収に伴って発生するものであり、買収後の事業活動と密接に関係します。そのため、営業費用から外すことが本当に適切なのかについては慎重な検討が必要です。


企業価値評価では、のれん償却前の利益を重視する投資家もいますが、財務諸表上の表示区分を変更する場合には、利用者に誤解を与えない開示が求められます。


9. 単体財務諸表への影響

のれんの会計処理を変更する場合、連結財務諸表だけでなく、単体財務諸表への影響も検討する必要があります。


日本では、単体財務諸表が会社法、配当規制、税務、金融機関との契約、親子会社間取引などと密接に関係しています。


仮にのれん非償却を導入する場合、単体財務諸表にも同じ処理を適用するのか、それとも連結財務諸表だけに限定するのかによって、実務上の影響は大きく変わります。


特に、単体財務諸表上でのれん償却費がなくなると、配当可能利益や税務処理、金融機関との財務指標に影響する可能性があります。


10. 企業実務への影響

のれん非償却が導入された場合、企業実務には次のような影響が考えられます。


(1)M&A後の利益指標が変わる

のれん償却費がなくなれば、買収後の営業利益や純利益は押し上げられる可能性があります。M&Aを積極的に行う企業ほど、業績指標への影響は大きくなります。


(2)減損テストの重要性が高まる

非償却とする場合、のれんの価値を検証する減損テストがより重要になります。将来キャッシュ・フロー、割引率、成長率、事業計画の合理性などについて、より厳密な検討と監査対応が求められます。


(3)投資家への説明が難しくなる可能性

非償却により通常時の利益は高く見えやすくなりますが、将来多額の減損が発生するリスクもあります。投資家に対して、のれん残高、減損リスク、買収後の事業計画の進捗を分かりやすく説明する必要があります。


(4)M&Aの意思決定にも影響する

のれん償却がなくなれば、M&A後の会計上の利益負担が軽く見えるため、買収判断に影響する可能性があります。一方で、会計上の負担が見えにくくなることで、過大な買収価格を正当化しやすくなるリスクもあります。


11. 公認会計士の視点:重要なのは「償却か非償却か」だけではない

のれんの会計処理をめぐる議論では、償却か非償却かに注目が集まりがちです。しかし、公認会計士の視点では、それだけでは不十分です。


重要なのは、企業がM&Aによって何を取得し、どのように価値を生み出し、その価値がどの程度維持されているのかを、財務諸表利用者に分かりやすく伝えることです。


のれんを償却する場合でも、償却期間の根拠やM&A後の成果を説明する必要があります。非償却とする場合でも、減損テストの前提やのれん残高のリスクを十分に開示する必要があります。


どちらの会計処理を採るとしても、M&Aの投資判断、買収価格の妥当性、買収後の統合効果、減損リスクの管理が問われる点は変わりません。


12. 企業が今から準備すべきこと

今後、のれんに関する会計基準の議論が進む可能性があります。企業としては、制度変更を待つだけでなく、次のような準備を進めておくことが望まれます。

  • 自社ののれん残高を把握する

  • のれん償却費が業績指標に与える影響を分析する

  • M&Aごとの投資回収状況を整理する

  • 減損テストに使う事業計画の精度を高める

  • 買収時のシナジー効果の実績をモニタリングする

  • 投資家向けに、のれん残高と減損リスクを説明できる資料を整える

  • 単体財務諸表や配当可能利益への影響を検討する

  • 会計基準変更時のシステム・開示・監査対応を想定する


13. 実務チェックリスト

のれん非償却の議論を踏まえ、企業は次の点を確認しておきましょう。

  • 連結・単体ののれん残高を把握しているか

  • のれん償却費の営業利益・純利益への影響を試算しているか

  • M&Aごとの償却期間の根拠を説明できるか

  • 買収後の事業計画と実績を継続的に比較しているか

  • 減損テストに用いる将来キャッシュ・フローの根拠を整備しているか

  • 非償却導入時の減損テスト体制を検討しているか

  • のれん残高が自己資本や利益水準に対して過大でないか確認しているか

  • 投資家説明資料でのれん・M&Aの成果を分かりやすく開示しているか

  • 単体財務諸表、税務、配当、財務制限条項への影響を整理しているか

  • 会計基準の議論の進展を継続的にフォローしているか


まとめ

FASFが公表した情報要請へのコメントでは、のれんの非償却導入について、支持する意見と支持しない意見の双方が示されました。支持する側は、国際的な比較可能性、M&A促進、定額償却と実態との乖離、償却期間設定の難しさなどを理由に挙げています。


一方で、非償却に慎重な立場からは、買入のれんは時間とともに減耗すること、非償却では自己創設のれんを実質的に認識することになり得ること、減損認識が遅れる可能性があること、そして一度非償却へ変更すると実務上後戻りが極めて困難になることが指摘されています。


のれんの会計処理は、単なる技術的な会計基準の問題ではありません。M&A戦略、企業価値評価、投資家との対話、減損リスク、単体財務諸表への影響など、企業実務全体に関わる重要テーマです。


今後、のれんに関する基準開発の議論が進む可能性があります。企業は、自社ののれん残高やM&A実績を整理し、償却・非償却のいずれになっても、投資家に対して買収の成果とリスクを説明できる体制を整えておくことが重要です。

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