M&A関連費用は損金か、株式の取得価額か?東京地裁令和8年2月18日判決から考えるDD費用・成功報酬の税務処理
- 安田 亮
- 4 日前
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おはようございます!代表の安田です。
株式取得によるM&Aでは、仲介会社への報酬、ファイナンシャル・アドバイザー費用、法務・財務デューデリジェンス(DD)費用、株式譲渡契約書レビュー費用など、さまざまな関連費用が発生します。
税務実務で悩ましいのが、これらのM&A関連費用を発生時の損金として処理できるのか、それとも取得した株式の有価証券の取得価額に算入すべきなのか、という点です。
この論点について、東京地裁令和8年2月18日判決は、M&A関連費用の損金性を巡る初の司法判断とされています。本判決では、費用が「その有価証券の購入のために要した費用」に該当するかどうかについて、株式購入の蓋然性が相当程度高まり、購入の不確実性が解消していたかという判断枠組みが示されました。
本日は、公認会計士・税理士の視点から、本判決のポイントと、M&A実務での税務処理・証拠整理の注意点を解説します。
1. M&A関連費用の税務上の論点
法人税法施行令119条1項1号では、有価証券の取得価額に含めるべき費用として「その有価証券の購入のために要した費用」が問題となります。
株式取得型M&Aでは、たとえば次のような費用が発生します。
M&A仲介会社への情報提供料
中間報酬
成功報酬
法務DD費用
財務DD費用
株式譲渡契約書レビュー費用
価値算定費用
FA報酬
これらをすべて取得価額に入れるのか、すべて損金にできるのか、あるいは費用の性質や発生時点ごとに区分するのかが実務上の争点になります。
2. 判決のポイント:「不確実性が解消していたか」が判断軸に
本判決の重要なポイントは、DD費用等が有価証券の購入のために要した費用といえるためには、当該業務の履行時点で、客観的にみて株式購入の蓋然性が相当程度高まっていたこと、言い換えれば、株式購入の不確実性が相当程度解消していたことが必要とされた点です。
また、その判断は、単に取締役会や株主総会などの正式な意思決定があったかどうかだけでは決まりません。会社の意思決定の実情、M&Aの検討経緯、交渉状況、契約内容などを踏まえて、実質的に判断するとされています。
つまり、実務上は次のように考える必要があります。
「株式を買うつもりだった」だけでは足りない
「対象会社が特定されていた」だけでも足りない
「その時点で相当程度このディールは成立しそうだった」と客観的に言えるかが重要
正式決議前でも不確実性が解消している場合は取得価額になり得る
正式決議後でも、個別事情によっては検討が必要
3. 本件で問題となった費用と裁判所の判断
本件では、M&A仲介会社への報酬や専門家報酬について、課税当局は株式の取得価額に算入すべきと主張しました。一方、納税者側は、これらは発生時の損金であるとして争いました。裁判所の判断の概要は次のとおりです。
4. 情報提供料:損金処理が認められた
M&A仲介会社への情報提供料については、企業提携に必要な情報収集や資料作成、企業価値判断の参考資料作成などの対価とされていました。
裁判所は、この段階では企業提携の方法も限定されておらず、事業譲渡など株式取得以外の方法もあり得たこと、株式購入の蓋然性が相当程度高まっていたとはいえないことなどから、情報提供料は取得価額ではなく損金と判断しました。
実務的には、初期的な案件探索・情報収集・検討段階の費用については、株式取得の蓋然性がまだ高くない限り、損金処理の余地があることを示すものといえます。
5. 中間報酬:基本合意後でも損金と判断
M&A仲介会社への中間報酬についても、裁判所は損金と判断しました。ポイントは、基本合意が締結されていたものの、最終契約の締結義務がなく、一部を除き法的拘束力がないことが明記されていた点です。
また、DDの結果を踏まえて株式を購入するかどうかを判断することが前提とされていたため、基本合意の締結だけで、株式購入の不確実性が相当程度解消したとはいえないとされています。
ここは実務上かなり重要です。「基本合意書を締結したから、その後の費用はすべて取得価額」と単純に考えるのではなく、基本合意の法的拘束力、DDの位置づけ、交渉の進捗を見て判断する必要があります。
6. 法務・財務DD費用:本件では損金と判断
本件の法務・財務調査費用についても、裁判所は損金と判断しました。
理由として、これらの調査は、対象会社との企業提携を行なうかどうか、また企業提携を行なうとしてどのような手法によるかを判断するための調査であったと整理されています。
注目すべきは、法務調査の中に株式譲渡契約書レビューが含まれていた点です。
通常、契約書レビューは株式取得に近い業務と見られやすいですが、本件ではDD後にトップ面談が急遽行なわれ、破談となる可能性が一定程度残っていた事情などを踏まえ、少なくともトップ面談終了までは株式購入の蓋然性が相当程度高まったとは認め難いと判断されました。
ただし、この点は本件固有の事情が強く、すべての株式譲渡契約書レビュー費用が損金になるという意味ではありません。
7. 成功報酬:資産計上と判断
一方、M&A仲介会社への成功報酬については、株式譲渡契約が締結されたことを受けて支払われたものであり、株式の購入に向けられた費用で、かつ株式購入に客観的に必要な費用と判断されました。
したがって、成功報酬は取得した株式の取得価額に算入すべき費用とされています。
実務上も、成功報酬はディール成立を条件として発生することが多く、株式取得との結びつきが強いため、資産計上の検討が必要です。
8. 実務への示唆:「意思決定日」だけでなく、実質的な蓋然性を証拠化する
これまでの実務では、「取締役会決議前の費用は損金、決議後の費用は取得価額」といったように、意思決定機関の正式決議をひとつの目安にする考え方がありました。
しかし、本判決は、正式な意思決定の有無は重要な考慮要素ではあるものの、絶対的な基準ではないとしています。
今後の実務では、以下のような証拠を整理しておくことが重要です。
基本合意書の内容と法的拘束力
DDの目的が「判断材料」か「取得実行のため」か
価格交渉や主要条件の合意状況
取締役会・経営会議・稟議の資料
相手方とのメール・議事録
破談リスクが残っていた事情
専門家業務の範囲と成果物
報酬の発生条件、返金可否、成功報酬性
ポイントは、単に「いつ支払ったか」ではなく、その役務が提供された時点で、株式購入の不確実性がどの程度解消していたかを説明できるようにすることです。
9. 期跨ぎにも注意:損金処理できても、役務提供完了が必要
M&A関連費用の発生時期と最終的な株式取得時期が事業年度を跨ぐ場合の論点にも注意が必要です。発生時の損金に該当する費用であっても、期末までに役務提供が完了していなければ、その期の損金にはできません。
たとえば、DD報告書について、口頭で仮報告を受けただけ、ドラフト版のみ受領し正式版は翌期、という場合には、役務提供完了時期が問題となります。
消費税の仕入税額控除にも影響するため、成果物の受領日、検収日、契約上の役務完了条件を確認しておく必要があります。
10. 親会社主導M&Aの費用負担にも注意
親会社が主導して子会社・孫会社による株式取得を進めた場合の費用負担にも注意が必要です。たとえば、実際に株式を取得するのは子会社であるにもかかわらず、親会社がDD費用や仲介費用を負担した場合、そもそも誰が負担すべき費用なのか、寄附金課税の問題が生じ得ます。
M&Aでは、実務上、親会社や持株会社が交渉・意思決定を主導するケースが少なくありません。費用負担者と株式取得者が異なる場合には、事前に税務処理方針を整理しておくことが大切です。
11. 実務チェックリスト
M&A関連費用の損金性・取得価額算入を判断する際は、次の点を確認しましょう。
対象会社・取得する株式が特定されているか
その時点で株式取得の蓋然性が相当程度高まっているか
基本合意書に最終契約締結義務や法的拘束力があるか
DDの目的が意思決定のためか、取得実行のためか
専門家報酬の業務内容を契約書・請求書・成果物で区分できるか
成功報酬の発生条件がディール成立と連動しているか
費用発生時期と役務提供完了時期が期をまたいでいないか
親会社と子会社のどちらが費用を負担すべきか
判断根拠を税務調査で説明できるメモとして残しているか
まとめ:M&A関連費用は「支払時期」ではなく「不確実性の解消度」で判断する時代へ
東京地裁令和8年2月18日判決は、M&A関連費用が損金となるのか、株式の取得価額に算入されるのかについて、実務上重要な判断枠組みを示しました。重要なのは、費用発生時点で株式購入の蓋然性が相当程度高まり、購入の不確実性が解消していたかという点です。
本件では、情報提供料、中間報酬、法務・財務DD費用は損金とされ、一方で成功報酬は株式取得価額に算入すべきと判断されました。ただし、結論は個別事情に強く左右されます。
M&Aを進める企業は、専門家報酬の契約内容、業務の目的、意思決定の実態、交渉経緯を丁寧に整理し、税務調査で説明できる証拠を残しておくことが重要です。なお、本判決は控訴されているとのことなので、今後の上級審の判断にも注意が必要です。




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