「のれん償却前利益」の開示義務化とは?M&A企業の比較可能性と決算短信開示の論点を解説
- 安田 亮
- 4 時間前
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こんばんは!代表の安田です。
M&Aを積極的に行なう企業にとって、買収後の業績に大きな影響を与える会計項目の一つがのれん償却費です。
日本基準では、企業買収によって発生したのれんを一定期間にわたって償却する処理が基本です。一方、IFRSではのれんを規則的に償却せず、減損テストによって価値の下落を把握する考え方が採られています。
この違いにより、日本基準を採用する企業とIFRSを採用する企業では、同じようにM&Aを行っていても、営業利益や純利益の見え方が大きく変わることがあります。
こうした中、企業会計基準委員会(ASBJ)の第9回「のれんの非償却の導入及びのれん償却費計上区分の変更」に関する公聴会において、のれん非償却の導入が実現しない場合には、「のれん償却前利益」を決算短信等の必須開示項目とすることで、企業間の比較可能性を改善すべきとの意見が示されました。
本日は、公認会計士の視点から、のれん償却前利益とは何か、なぜ開示義務化が議論されているのか、企業実務や投資家との対話にどのような影響があるのかを整理します。
のれんとは何か
のれんとは、企業買収において、取得した企業の純資産の時価を超えて支払った金額をいいます。
たとえば、ある会社を100億円で買収し、取得した資産・負債を時価評価した純資産が70億円だった場合、差額の30億円がのれんとして認識されます。
こののれんには、買収先企業のブランド力、顧客基盤、人材、技術力、ノウハウ、将来の収益力、買収によるシナジーなど、個別に識別しにくい価値が含まれていると考えられます。
M&Aを成長戦略として活用する企業では、のれんの金額が大きくなることがあります。そのため、のれんをどのように会計処理し、どのように投資家へ説明するかは、企業価値評価にも関わる重要な論点です。
日本基準ではのれん償却が基本
日本基準では、のれんは一定期間にわたって規則的に償却されます。
のれん償却とは、買収時に発生したのれんを、買収効果が及ぶと見込まれる期間にわたり費用処理することです。これにより、買収に要した投資コストを、買収後の期間損益に反映させます。
のれん償却には、買収に伴うコストを慎重に利益へ反映できるというメリットがあります。一方で、M&Aを行った企業では、のれん償却費が毎期の営業利益や純利益を押し下げるため、買収後の事業収益力が見えにくくなることがあります。
特に、M&Aを積極的に行う企業ほど、のれん償却費の負担が大きくなりやすく、M&Aをあまり行わない企業やIFRS採用企業と比較した際に、利益水準が低く見える可能性があります。
IFRS採用企業との比較可能性の問題
のれん会計をめぐる議論でよく指摘されるのが、IFRS採用企業との比較可能性です。
IFRSでは、のれんを毎期規則的に償却するのではなく、減損テストにより価値が下落した場合に損失を認識します。そのため、のれんの減損が発生しない限り、毎期ののれん償却費は計上されません。
一方、日本基準では、のれん償却費が毎期発生します。
その結果、同じような買収を行っていても、日本基準採用企業の方が、営業利益や純利益が低く表示されることがあります。
投資家が企業を比較する際には、会計基準の違いによって利益がどの程度影響を受けているのかを理解する必要があります。しかし、決算短信や主要な情報サイトで標準的に比較できる指標が十分に整備されていない場合、投資家は各社の開示を個別に確認し、自ら調整しなければなりません。
この点が、「のれん償却前利益」の開示を求める大きな理由の一つです。
のれん償却前利益とは
のれん償却前利益とは、会計上の利益から、のれん償却費の影響を除いた利益指標です。
具体的には、次のような指標が想定されます。
のれん償却前営業利益
のれん償却前経常利益
のれん償却前純利益
たとえば、営業利益が10億円、のれん償却費が3億円であれば、のれん償却前営業利益は13億円となります。
この指標を見ることで、投資家は、のれん償却費を除いた事業の収益力を把握しやすくなります。
もちろん、のれん償却前利益は、会計基準上の利益そのものではありません。買収に伴う投資コストであるのれん償却費を除外しているため、会計上の営業利益や純利益と併せて見る必要があります。
ASBJ公聴会で示された要望
ASBJは、のれん非償却の導入や、のれん償却費の計上区分の変更について公聴会を実施しています。
第9回公聴会では、経済同友会が6月に公表した「改めてのれんの非償却を求める」意見書の内容を踏まえ、ブイキューブ取締役会長の間下直晃氏から意見聴取が行われました。
そこで示された主張のポイントは、のれん非償却の導入が実現しない場合でも、少なくとも「のれん償却前利益」の制度開示を進めることで、日本基準採用企業とIFRS採用企業との比較可能性を大きく改善できるというものです。
具体的には、「のれん償却前営業利益」「のれん償却前経常利益」「のれん償却前純利益」を、のれんの有無にかかわらず、決算短信等における必須開示項目とすることが要望されています。
なぜ「のれんの有無にかかわらず」必須化が求められるのか
ここで注目したいのは、のれんがある企業だけでなく、のれんの有無にかかわらず必須開示項目とすべきとされている点です。
のれんがある企業だけが任意に開示する形では、企業ごとに表示の有無や計算方法がばらつきます。そうなると、投資家が企業横断的に比較することが難しくなります。
一方、全社共通の開示項目として整備されれば、のれん償却費がある企業もない企業も、同じフォーマットで利益情報を比較できます。
たとえば、のれんがない企業では、通常の営業利益とのれん償却前営業利益が同額になるだけです。それでも、共通フォーマットとして示されることで、投資家や情報ベンダーが横比較しやすくなります。
償却期間・償却方法のガイダンスだけでは不十分との見方
のれんをめぐる議論では、非償却を導入しない場合の対応として、償却期間や償却方法に関するガイダンスを整備する案もあります。
このガイダンスには、償却期間の透明性を高め、企業間の比較可能性を改善する効果が期待されます。
一方で、公聴会では、ガイダンスが過度に形式化・画一化された場合、企業実態を十分に反映しない硬直的な適用につながる懸念も示されました。
さらに、償却期間の恣意性に関する課題解決には一定程度寄与しても、日本企業のM&A促進や成長投資を後押しする抜本的な解決策にはなり得ないとの見方も示されています。
たとえば、現在15年で償却できていた案件について、ガイダンスが保守的に運用され、10年や5年での償却を求められるようになれば、単年度ののれん償却費が増え、利益がさらに圧迫される可能性があります。
つまり、ガイダンスの整備は透明性向上には役立つものの、M&A後の利益押下げという構造的な問題を解消するものではないということです。
のれん償却前利益を開示するメリット
(1)投資家が事業収益力を把握しやすくなる
のれん償却費は、買収時に発生したのれんを期間配分する費用です。事業そのものの現在の収益力を見る際には、のれん償却前の利益も参考になります。
のれん償却前利益を開示することで、投資家は、M&A後の事業がどの程度利益を生み出しているかを把握しやすくなります。
(2)日本基準企業とIFRS企業の比較がしやすくなる
IFRSではのれん償却費が発生しないため、日本基準企業の利益をそのままIFRS企業と比較すると、会計基準の違いによる影響が含まれます。
のれん償却前利益を示すことで、完全ではないものの、比較可能性を改善できます。
(3)M&Aの成果を説明しやすくなる
企業がM&Aの成果を説明する際、のれん償却後の利益だけでは、買収先事業のパフォーマンスが見えにくいことがあります。
のれん償却前利益を併せて示すことで、買収後の売上成長、利益貢献、シナジー効果などを説明しやすくなります。
(4)情報サイト等での利用が進みやすい
公聴会では、主要な株式情報サイト等でも、のれん償却前利益を標準的な利益指標として表示し、市場参加者が容易に活用できる環境を整備すべきとの意見も示されています。
投資家が日常的に利用する情報インフラに反映されれば、のれん償却前利益はより実務的に使いやすい指標になります。
のれん償却前利益の注意点
一方で、のれん償却前利益には注意点もあります。
(1)non-GAAP指標である
のれん償却前利益は、会計基準に直接定められた利益指標ではありません。いわゆるnon-GAAP指標に該当します。
そのため、開示する場合には、通常の会計上の利益との違い、調整内容、計算方法を明確に示す必要があります。
(2)利益をよく見せる指標になりやすい
のれん償却費を足し戻すため、通常、のれん償却前利益は会計上の利益より高くなります。
企業がこの指標だけを強調しすぎると、買収に伴う投資コストや減損リスクが見えにくくなる可能性があります。
(3)のれん償却費は無視してよいコストではない
のれん償却費は、キャッシュアウトを伴わない費用ではありますが、買収時に支払った投資コストの配分です。
したがって、のれん償却前利益を見る場合でも、買収価格が妥当だったのか、投資回収が進んでいるのか、のれん残高に減損リスクがないのかを併せて確認する必要があります。
(4)計算方法の統一が必要
各社が任意にのれん償却前利益を開示すると、計算方法がばらつく可能性があります。
たとえば、税効果をどう扱うか、持分法投資損益に含まれるのれん償却相当額をどう扱うか、非支配株主持分をどう調整するかなど、細かい論点が出てきます。
必須開示とする場合には、投資家が比較しやすいように計算方法や表示方法の明確化が必要になります。
会計基準改正なしで義務化できるのか
今回の議論で難しいのは、のれん償却前利益が会計基準に基づく利益指標ではないという点です。
現在、決算短信では、企業が経営管理上重要視している指標として、EBITDAやのれん償却前利益などを任意で開示することは可能です。
しかし、のれん償却前利益を決算短信等の必須開示項目とする場合、会計基準ではなく、取引所規則等による対応が必要になる可能性があります。
つまり、ASBJの会計基準改正だけで完結する話ではなく、東京証券取引所などの取引所規則や、決算短信の様式のあり方にも関係します。
一方で、会計基準で求められていないnon-GAAP指標を、会計基準を改正せずに決算短信で必須化することについては、実現可能性を疑問視する声もあります。
今後、企業会計基準諮問会議や関係機関でどのような議論が行われるかが注目されます。
企業実務への影響
仮に、のれん償却前利益の開示が制度化された場合、企業実務には次のような影響が考えられます。
(1)決算短信テンプレートの見直し
決算短信に新たな必須項目が追加される場合、決算短信の作成テンプレートやレビュー手続を見直す必要があります。
(2)会計システム・連結パッケージの整備
のれん償却前営業利益、経常利益、純利益を正確に算定するためには、のれん償却費を事業別・会社別・セグメント別に把握できる体制が必要です。
連結子会社や海外子会社がある場合、連結パッケージ上でのれん償却費を適切に集計する仕組みも必要になります。
(3)監査人・レビュー担当者との協議
のれん償却前利益は会計基準上の利益ではないものの、決算短信等で重要な指標として開示する場合、計算方法や表示の妥当性について監査人・レビュー担当者と協議することが望まれます。
(4)投資家説明資料との整合
決算説明資料や中期経営計画で、EBITDA、調整後営業利益、のれん償却前利益など複数の指標を使っている場合、それぞれの定義を整理する必要があります。
指標が多すぎると、かえって投資家に分かりにくくなるため、どの指標を何の目的で使うのかを明確にすることが重要です。
企業が今から準備すべきこと
制度化されるかどうかは未定ですが、M&Aを行っている企業は、今から次の点を確認しておくとよいでしょう。
のれん残高を案件別・事業別に把握する
のれん償却費を営業利益、経常利益、純利益への影響額として整理する
のれん償却前営業利益・経常利益・純利益を試算する
決算説明資料で使用している利益指標を棚卸しする
EBITDAや調整後利益との違いを整理する
のれん償却前利益の計算方法を社内で標準化する
投資家に対して、のれん償却前利益と会計上の利益の両方を説明できるようにする
買収案件ごとの投資回収状況や減損リスクを管理する
特に、M&Aを頻繁に行う企業や、のれん償却費が損益に大きな影響を与える企業では、制度化を待たずに社内管理指標として整備しておく意味があります。
実務チェックリスト
のれん償却前利益の開示議論を踏まえ、企業は次の点を確認しておきましょう。
自社にのれん残高があるか
のれん償却費が営業利益・経常利益・純利益に与える影響を把握しているか
のれん償却前営業利益・経常利益・純利益を算定できるか
のれんの有無にかかわらず横比較できるフォーマットを準備できるか
決算短信や決算説明資料で使用しているnon-GAAP指標を整理しているか
EBITDA、調整後営業利益、のれん償却前利益の違いを説明できるか
のれん償却前利益の計算方法を文書化しているか
投資家向け説明資料と決算短信の整合性を確認しているか
M&Aごとの投資回収状況を管理しているか
のれん残高や減損リスクも併せて説明しているか
監査人・レビュー担当者と表示方針を協議しているか
まとめ
ASBJは、第9回「のれんの非償却の導入及びのれん償却費計上区分の変更」に関する公聴会を実施し、のれん非償却の導入が実現しない場合の代替策として、「のれん償却前利益」を決算短信等の必須開示項目とする意見を聴取しました。
この提案では、「のれん償却前営業利益」「のれん償却前経常利益」「のれん償却前純利益」を、のれんの有無にかかわらず決算短信等における必須項目とし、日本基準採用企業とIFRS採用企業との比較可能性を高めることが求められています。
のれん償却前利益の開示には、M&A後の事業収益力を把握しやすくする、日本基準企業とIFRS企業の比較をしやすくする、投資家への情報提供を改善するというメリットがあります。
一方で、のれん償却前利益は会計基準に基づく利益指標ではなく、non-GAAP指標に該当します。そのため、会計基準を改正せずに決算短信等で必須化することには実務上のハードルもあります。
企業としては、今後の制度動向を注視しつつ、自社ののれん残高、のれん償却費の影響、M&Aの投資回収状況、減損リスクを整理し、必要に応じてのれん償却前利益を投資家に分かりやすく説明できる体制を整えておくことが重要です。
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