有価証券報告書の平均年間給与「増減率」に注意|正しい計算方法と開示実務のポイント
- 安田 亮
- 18 時間前
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おはようございます!代表の安田です。
2026年3月期の有価証券報告書から、人的資本に関する開示が拡充され、「提出会社の従業員の平均年間給与(賞与を含む)の対前事業年度増減率」の記載が新たに求められています。
賃上げへの社会的な関心が高まる中、平均年間給与が前年度からどの程度変化したかは、投資家が企業の人的資本投資を確認するうえで重要な情報です。
一方、制度適用初年度の有価証券報告書では、平均年間給与の増減率について、計算方法を誤ったとみられる開示事例が確認されています。添付資料によると、2026年6月30日までに開示された3月決算企業2,177社を調査したところ、数十社で増減率が100%を超えていました。
通常、平均年間給与が1年間で2倍以上になるケースは極めて限定的です。増減率が100%前後になっている場合には、「増減率」ではなく、当年度の給与を前年度の給与で単純に割った「前年対比」を記載していないか確認する必要があります。
本日は、有価証券報告書における平均年間給与の増減率について、正しい計算式、よくある誤り、開示前に確認すべきポイントを公認会計士の視点から解説します。
平均年間給与の増減率とは
今回追加された開示項目は、提出会社の従業員について、当事業年度の平均年間給与が前事業年度から何%増加または減少したかを示すものです。
金融庁による人的資本開示制度の見直しでは、連結ベースの人材戦略や従業員給与等の決定方針に加え、提出会社の従業員の平均給与の対前年比増減率を記載することとされました。
改正後の規定は、2026年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用されています。
なお、ここで開示するのは、基本的に「提出会社」の従業員に関する平均年間給与です。
ただし、提出会社が主として子会社の経営管理を行なう持株会社などである場合には、一定の国内連結子会社についても、従業員数や平均年間給与、その増減率等の記載が必要になることがあります。
正しい計算式
平均年間給与の対前事業年度増減率は、次の計算式で算出します。
平均年間給与の増減率=(当事業年度の平均年間給与-前事業年度の平均年間給与)÷ 前事業年度の平均年間給与 × 100
つまり、最初に当年度と前年度の差額を求め、その差額が前年度の給与の何%に当たるかを計算します。
金融庁のパブリックコメントに対する回答でも、当事業年度と前事業年度の平均年間給与の差額を、前事業年度の平均年間給与で除して算出する必要があることが明示されています。
正しい計算例
前事業年度の平均年間給与が600万円、当事業年度が618万円だったケースを考えます。
差額は次のとおりです。
618万円-600万円=18万円
この18万円を、前事業年度の600万円で割ります。
18万円÷600万円×100=3.0%
したがって、有価証券報告書に記載する増減率は、原則として3.0%増となります。
最近の賃上げ状況を踏まえても、多くの企業では数%程度の増減率になることが想定されます。
よくある誤り|当年度の給与を前年度の給与で割る
制度適用初年度に生じたとみられる代表的な誤りは、次の計算です。
当事業年度の平均年間給与÷前事業年度の平均年間給与×100
先ほどの例で計算すると、次のようになります。
618万円÷600万円×100=103.0%
この103.0%は、「前年度を100とした場合の当年度の水準」を示す前年対比です。給与が前年度から103%増加したという意味ではありません。
増減率として記載すべき数字は、103.0%から100%を差し引いた3.0%です。
100%を超える増減率を記載していた企業についても、この前年対比をそのまま増減率として記載した可能性があります。
「前年比」と「増減率」は意味が異なる
開示実務では、次の3つを混同しないことが重要です。
前年比
前年度を100%とした場合に、当年度がどの水準にあるかを示します。
前年度600万円、当年度618万円の場合は、103.0%です。
増加率
前年度からどれだけ増加したかを示します。
同じケースでは、3.0%です。
減少率
前年度からどれだけ減少したかを示します。
たとえば、前年度600万円、当年度570万円であれば、次のように計算します。
(570万円-600万円)÷600万円×100=マイナス5.0%
したがって、増減率は5.0%減またはマイナス5.0%となります。
「前年比95%」と「5%減」は同じ変化を表していますが、有価証券報告書で求められているのは、原則として後者の増減率です。
なぜ計算ミスが起きやすいのか
今回の計算誤りには、いくつかの原因が考えられます。
まず、社内資料では「前年同期比103%」「前年比105%」といった表現が一般的に使われています。この計算方法を、そのまま有価証券報告書の増減率にも使用してしまう可能性があります。
また、Excelの計算式を設定する際に、次のような式を使用しているケースにも注意が必要です。
<誤った例>
当年度給与 ÷ 前年度給与
<正しい例>
(当年度給与-前年度給与)÷前年度給与
前者は前年対比、後者は増減率です。両者の計算結果には常に100ポイントの差が生じます。前年対比が103%なら増減率は3%、前年対比が97%なら増減率はマイナス3%です。
100%を超える場合は必ず誤りなのか
増減率が100%を超えているからといって、必ず計算誤りとは限りません。
たとえば、前事業年度の平均年間給与が300万円で、当事業年度が650万円になった場合には、増加率は約116.7%になります。
ただし、この場合には平均年間給与が前年度の2倍を超えていることになります。
通常の賃上げだけでこの水準に達することは考えにくく、次のような特殊要因がないか確認する必要があります。
前年度または当年度の在籍期間が特殊である
事業再編によって従業員構成が大きく変わった
持株会社化や会社分割があった
高給与の専門人材や管理職が大幅に増加した
従業員数が少なく、一部の人員変動の影響が大きい
賞与や業績連動報酬が一時的に大幅増加した
前年度と当年度で集計範囲が異なっている
増減率が極端な数値になった場合には、計算式だけでなく、平均年間給与の元データや従業員の集計範囲も確認すべきです。
平均給与の上昇が「一律の賃上げ」を意味するとは限らない
平均年間給与の増減率は、企業の賃上げ状況を確認するうえで有用な指標ですが、その数値が純粋な給与改定の効果だけを表しているとは限りません。
平均年間給与は、基本給や賞与の変更だけでなく、従業員構成の変化にも影響されます。
たとえば、若手社員の採用が増えれば、個々の従業員の給与が上がっていても、全体の平均年間給与が低下することがあります。
反対に、従業員数が減少し、比較的給与の高い管理職の割合が上昇すれば、給与テーブルを変更していなくても平均年間給与が上昇することがあります。
そのため、投資家にとって重要性が高い場合には、単に増減率を記載するだけでなく、変動の背景を補足することも考えられます。
人事データと有価証券報告書の数値を一致させる
平均年間給与の開示は、人事・給与部門が保有するデータをもとに作成するケースが多いと考えられます。
一方、有価証券報告書の作成責任は、経理、財務、法務、IRなどの開示部門が担うことが一般的です。
このため、人事部門から受領した数値をそのまま掲載するのではなく、次の項目を開示部門でも確認する必要があります。
前年度と当年度で従業員の定義が同じか
出向者の取扱いが同じか
臨時従業員を含めていないか
賞与を含めた金額になっているか
平均給与の集計期間が一致しているか
組織再編による集計範囲の変更がないか
前年度の有価証券報告書記載額と一致しているか
増減率の分母に前年度金額を使用しているか
前年度の平均年間給与は、当年度の集計表から取得するのではなく、原則として前年度の有価証券報告書に記載した数値との整合性も確認することが重要です。
Excelで設定しておきたいエラーチェック
平均年間給与の増減率をExcel等で計算する場合には、計算式に加えて、異常値を検出するチェック機能を設けると効果的です。
たとえば、次のようなチェックが考えられます。
増減率の絶対値が20%を超えた場合に警告を表示する
前年対比と増減率の両方を計算し、100ポイント差になることを確認する
前年度の有価証券報告書記載額と自動照合する
増減率を再計算する別セルを設ける
開示用数値を手入力せず、計算セルから参照する
異常値チェックの水準は会社の状況によって異なりますが、100%を超える数値が表示された場合には、少なくとも計算式と元データを再確認すべきです。
開示前のレビューで確認すべきポイント
平均年間給与の増減率については、次の手順でレビューすると計算ミスを防ぎやすくなります。
1.前年度と当年度の平均年間給与を確認する
有価証券報告書に記載する平均年間給与の元データを確定します。
前年度については、前年度の有価証券報告書に記載した数値と一致しているか確認します。
2.差額を計算する
当年度の平均年間給与から前年度の平均年間給与を差し引きます。
3.差額を前年度の給与で割る
分母は必ず前事業年度の平均年間給与とします。
4.計算結果の合理性を確認する
数%程度の変化であれば、賃上げ率や賞与実績とおおむね整合しているか確認します。
大きな変化がある場合には、人員構成や組織再編などの要因を調査します。
5.複数担当者で再計算する
作成担当者とは別の担当者が、電卓や別のExcelファイルで再計算すると、数式の設定誤りを発見しやすくなります。
訂正が必要となる可能性
有価証券報告書に誤った増減率を記載した場合には、誤りの内容や重要性を踏まえて、訂正報告書の提出要否を検討する必要があります。
平均年間給与の元データが正しく、増減率の計算だけが誤っている場合でも、法定開示項目に誤った数値が記載されていることに変わりはありません。
誤りを発見した場合には、次の事項を速やかに確認することが重要です。
正しい増減率
誤りが生じた原因
他の人的資本情報への影響
同じ計算式を使用した別資料の有無
訂正報告書の提出要否
適時開示や自社サイト掲載資料の修正要否
社内の開示統制上の改善事項
判断に迷う場合には、監査法人、開示実務の専門家、所管当局等への相談も検討する必要があります。
人的資本情報としてどう説明するか
平均年間給与の増減率は、単なる計算項目ではなく、企業の人材戦略と関連する情報です。
そのため、給与増減率の数値だけでなく、次の内容との整合性も確認する必要があります。
人材戦略
賃金・報酬制度の方針
人的資本への投資方針
従業員エンゲージメント向上策
採用・人材定着の方針
賃上げや賞与の実施状況
経営戦略と必要人材の関係
たとえば、積極的な人的資本投資を掲げているにもかかわらず、平均年間給与が大幅に低下している場合には、その理由について投資家から質問を受ける可能性があります。
反対に、平均年間給与が上昇していても、一時的な賞与増加や従業員構成の変化によるものであれば、恒常的な賃上げとは評価が異なります。
開示担当者は、計算の正確性だけでなく、人的資本戦略全体との一貫性も確認することが重要です。
まとめ
2026年3月期の有価証券報告書から、提出会社の従業員の平均年間給与について、対前事業年度増減率の開示が求められています。
正しい計算式は、次のとおりです。
(当事業年度の平均年間給与-前事業年度の平均年間給与)÷前事業年度の平均年間給与×100
当年度の平均年間給与を前年度の平均年間給与で単純に割ると、増減率ではなく前年対比になります。
たとえば、平均年間給与が600万円から618万円へ増加した場合、前年対比は103%ですが、開示すべき増減率は3%です。
有価証券報告書の作成時には、次の点を確認しましょう。
計算式の分子が当年度と前年度の差額になっているか
分母が前年度の平均年間給与になっているか
前年度金額が前年度の有価証券報告書と一致しているか
100%を超えるなど、異常な数値になっていないか
従業員の集計範囲が前年度と一致しているか
人員構成や組織再編による影響がないか
人材戦略や給与方針との整合性が取れているか
人的資本情報への注目が高まる中、平均年間給与の増減率は投資家にも分かりやすい指標です。単純な計算項目だからこそ、計算式の誤りを防ぎ、元データや開示内容を複数の担当者で確認することが重要です。
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【この記事の執筆者】
安田 亮(公認会計士・税理士)
安田亮公認会計士・税理士事務所 代表
京都大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。有限責任 あずさ監査法人、株式会社神戸製鋼所での実務経験を経て、2018年に神戸市で独立。
現在は、中小企業から上場企業に対する税務顧問、決算支援、税効果会計、連結決算、新リース会計基準への対応、組織再編、補助金・助成金に関する支援などを行なっています。また、金融機関や大手企業が運営する税務・会計・経営分野のWebメディアにおいて、記事の執筆・監修にも携わっています。
事務所ブログでは、税制改正や会計基準、経営実務に関する情報を、専門用語をできるだけかみ砕き、経営者や経理担当者の方に役立つ形で解説しています。






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