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個人事業主が死亡・廃業した場合の従業員退職金|必要経費・債務控除・事業承継時の注意点を税理士が解説

  • 執筆者の写真: 安田亮
    安田亮
  • 19 時間前
  • 読了時間: 12分

更新日:5 時間前

こんばんは!代表の安田です。


個人でクリニック、飲食店、小売店、士業事務所、美容室、工場などを営んでいる場合、事業主本人に万が一のことが起きたとき、従業員の雇用や退職金の取扱いが問題になることがあります。


法人であれば、代表者が亡くなっても法人格は存続します。

しかし、個人事業の場合、事業主本人が亡くなると、事業そのものを誰が引き継ぐのか、従業員との雇用関係をどうするのか、退職金を支払うのかといった問題が一気に表面化します。


特に注意したいのが、従業員退職金の税務処理です。

  • 相続人が事業を引き継いだ場合、退職金は発生するのか

  • 事業を廃業して従業員を解雇した場合、退職金は必要経費になるのか

  • 相続税の債務控除はできるのか

  • 退職金を支払うと源泉徴収は必要なのか


こうした点は、事業主の生前に整理しておかないと、残された家族や従業員が困ることがあります。


本日は、個人事業主が死亡した場合や突然廃業する場合の従業員退職金について、税理士の視点からわかりやすく解説します。


個人事業主の死亡でまず確認すべきこと

個人事業主が亡くなった場合、最初に確認すべきなのは、事業を誰かが引き継ぐのか、それとも廃業するのかです。


たとえば、歯科クリニックの院長が亡くなった場合を考えます。

相続人である子どもが同じ資格を持っていて、クリニックを引き継ぐのであれば、従業員もそのまま勤務を続ける可能性があります。


一方、相続人に事業を引き継ぐ人がいなければ、クリニックは閉院し、従業員は退職することになります。


この違いによって、退職金の税務処理が変わります。

  • 事業を引き継ぐのか

  • 引き継がずに廃業するのか

  • 第三者が引き継ぐのか

  • 相続人がいったん引き継いだ後に廃業するのか


まずはこの整理が必要です。


相続人が事業を引き継ぐ場合、退職金は発生しないことがある

個人事業主が死亡しても、相続人が事業を引き継ぎ、従業員がそのまま勤務を続ける場合には、実質的には雇用関係が継続していると考えられることがあります。


この場合、従業員は「退職」していないため、通常は退職金の支給事由が発生しません。

したがって、亡くなった事業主の準確定申告で退職金を必要経費にすることはできません。


たとえば、父が営んでいた歯科クリニックを子が引き継ぎ、従業員もそのまま勤務し続ける場合です。


この場合、従業員は父の死亡を理由に退職したわけではなく、事業承継後も継続して働いています。


そのため、退職金規程に特別な定めがない限り、父の死亡時点で退職金を支給する処理にはなりにくいでしょう。


退職金規程に「事業主死亡時に支給」とある場合

例外的に、退職金規程などで「事業主が死亡した場合には退職金を支給する」と定めている場合があります。


このような場合には、従業員が形式的には勤務を続けるとしても、退職金の支給事由が発生したものとして処理できる可能性があります。


ただし、実務上は慎重な検討が必要です。

  • 本当に退職金として合理的な支給なのか

  • 規程は以前から整備されていたのか

  • 死亡直前に作成された不自然な規程ではないか

  • 支給額は勤務年数や給与水準から見て合理的か

  • 従業員全員に公平に適用される規程か

  • こうした点を確認する必要があります


退職金は金額が大きくなりやすいため、税務調査でも確認されやすい項目です。

単に「規程を作れば経費になる」と考えるのは危険です。


事業を廃業して従業員が退職する場合

事業主の死亡により事業を廃止し、従業員を解雇する場合には、従業員は退職することになります。


この場合、退職金規程に基づいて合理的に計算された退職金であれば、事業に関連する退職給与として処理できる可能性があります。


国税庁の質疑応答事例でも、被相続人の死亡によって事業を廃止し、被相続人が雇用していた従業員を解雇して退職金を支払った場合、その退職金は被相続人の生前事業を営む期間中の労務の対価であり、被相続人の債務として確実なものと認められるとされています。


つまり、事業主が亡くなった後に相続人が退職金を支払ったとしても、その退職金が亡くなった事業主の事業期間中の労務に対応するものであれば、相続税の計算上、債務控除の対象となる余地があります。


相続税では債務控除できる場合がある

個人事業主が亡くなった場合、相続税の計算では、被相続人の債務を相続財産から控除できます。


従業員退職金についても、事業主の死亡により事業を廃止し、従業員を解雇したことに伴って支払うものであれば、被相続人の債務として債務控除できる可能性があります。


国税庁の事例では、事業基盤がなくなったため相続人が事業を承継せず、従業員を解雇して退職金を支払ったケースについて、相続税法上の債務控除を認める取扱いが示されています。


ただし、どのような退職金でも無条件に債務控除できるわけではありません。

  • 退職金規程があるか

  • 支給額が合理的か

  • 従業員の勤務実態があるか

  • 事業主の生前事業に係る労務の対価といえるか

  • 相続人の個人的判断で過大に支給していないか


このような点を確認する必要があります。


第三者が事業を引き継ぐ場合

相続人ではなく、第三者が事業を引き継ぐ場合もあります。

たとえば、医院や店舗を近隣の同業者に承継してもらい、従業員もそのまま雇用してもらうケースです。


この場合、従業員との雇用関係がどう扱われるかによって、退職金の処理が変わります。

第三者が事業を引き継ぎ、従業員の雇用も引き継ぐのであれば、従業員は実質的に退職していないと考えられることがあります。


一方、亡くなった事業主との雇用契約はいったん終了し、新しい事業主との雇用契約を改めて結ぶ場合には、退職金が発生する余地があります。


このあたりは、事業譲渡契約書、雇用契約書、退職金規程、従業員への説明内容を確認する必要があります。


「事業は引き継いだが、従業員の雇用はどうなったのか」を曖昧にしないことが重要です。


退職金が所得税の退職所得になるか

従業員に支払う退職金は、従業員側では原則として退職所得になります。


国税庁の通達では、退職手当等とは、本来退職しなかったならば支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われる給与をいうとされています。


つまり、退職金として処理するためには、退職という事実に基づいて支払われることが必要です。


事業を引き継いでそのまま働き続けている従業員に対して、「退職していないのに退職金として支払う」場合には、退職所得ではなく給与として扱われる可能性があります。


給与として扱われると、源泉所得税や年末調整、場合によっては社会保険料にも影響します。退職金として処理するには、退職の事実、支給規程、支給計算の合理性を整えておくことが大切です。


源泉徴収も忘れてはいけない

従業員に退職金を支払う場合には、源泉徴収が必要です。


退職者から「退職所得の受給に関する申告書」を受け取っている場合には、退職所得控除などを考慮して源泉徴収税額を計算します。


一方、この申告書の提出がない場合には、退職金の支給額に対して一律20.42%の源泉徴収が必要になります。


事業主が亡くなった直後は、相続手続き、事業整理、従業員対応、取引先対応などで混乱しがちです。


しかし、退職金を支払う場合には、源泉徴収、退職所得の源泉徴収票、法定調書、納付期限などの実務も忘れてはいけません。


相続人が慌てて退職金を支払ったものの、源泉徴収や書類作成を失念していたということがないように注意が必要です。


準確定申告での必要経費の考え方

個人事業主が亡くなった場合、その年の1月1日から死亡日までの所得について、相続人が準確定申告を行います。


従業員退職金が必要経費になるかどうかは、死亡日までに支払ったかどうかだけでなく、事業の廃止、退職の事実、退職金債務の発生時期などを踏まえて判断します。


事業を廃止した後に支払った退職金であっても、亡くなった事業主の生前事業に係る労務の対価といえるものは、事業廃止後の必要経費の特例が問題になります。


所得税基本通達では、個人事業を引き継いで設立された法人が、個人事業当時から引き続き在職する使用人の退職により退職給与を支給した場合で、そのうち個人事業当時の事業主が負担すべきものとして法人の損金に算入されなかった金額があるときは、その事業主が支出した退職給与として、事業廃止後の必要経費の特例の適用対象になるとされています。


このように、事業廃止後や承継後に支払う退職金は、誰の事業期間に対応するものか、誰が負担すべきものかを整理することが重要です。


退職金規程を生前に整備しておく

個人事業では、法人に比べて退職金規程が整備されていないことが少なくありません。


しかし、従業員が長年勤務している事業では、退職金規程を作っておくことは重要です。

退職金規程がないと、事業主が亡くなった場合に、相続人が退職金をいくら支払うべきか判断しにくくなります。


また、税務上も、支給額の合理性を説明しにくくなります。

退職金規程では、少なくとも次の点を定めておくとよいでしょう。

  • 退職金の支給対象者

  • 支給事由

  • 自己都合退職、会社都合退職、事業主死亡時の取扱い

  • 勤続年数の計算方法

  • 退職金の計算式

  • 支払時期

  • 懲戒解雇等の場合の不支給・減額

  • 事業承継時の取扱い


個人事業では「そこまで整備しなくても」と思われがちですが、従業員がいる以上、退職金規程は事業承継・相続対策の一部として考えるべきです。


事業承継時の雇用関係を明確にする

個人事業を相続人や第三者が引き継ぐ場合には、従業員との雇用関係を明確にしておく必要があります。次のような点を整理しましょう。

  • 旧事業主との雇用契約は終了するのか

  • 新事業主が雇用契約を引き継ぐのか

  • 勤続年数は通算するのか

  • 退職金債務は誰が負担するのか

  • 退職金規程は引き継ぐのか

  • 従業員に説明書面を交付するか

  • 承継時点で退職金を精算するのか

  • 将来退職時にまとめて支払うのか


これらを曖昧にしたまま事業承継すると、後日、従業員とのトラブルや税務処理の混乱につながります。特に、相続人が事業を引き継ぐ場合には、家族内の話し合いだけでなく、従業員にも丁寧に説明することが大切です。


廃業時に従業員へ説明すべきこと

個人事業主の死亡により廃業する場合、従業員に対しては早めに状況を説明する必要があります。


従業員にとっては、突然の退職、次の勤務先、未払給与、退職金、社会保険、雇用保険、源泉徴収票などが大きな問題になります。

相続人は、次の点を整理しておきましょう。

  • 最終勤務日。

  • 未払給与の支払日

  • 退職金の有無と金額

  • 退職所得の受給に関する申告書

  • 源泉徴収票の交付

  • 離職票の手続き

  • 社会保険・雇用保険の資格喪失手続き

  • 退職金の支払資金

  • 相続財産から支払うのか

  • 相続人の誰が対応するのか


税務だけでなく、労務手続きも関係するため、社会保険労務士との連携も重要です。


税務調査で確認されやすいポイント

個人事業主の死亡や廃業に伴う退職金では、次の点が確認されやすいです。

  • 本当に従業員が退職しているか

  • 事業を誰が引き継いだか

  • 退職金規程があるか

  • 支給額は合理的か

  • 生前事業に係る労務の対価といえるか

  • 退職金債務は被相続人の債務といえるか

  • 相続税の債務控除に入れているか

  • 準確定申告で必要経費にしているか

  • 源泉徴収が適切に行われているか

  • 退職所得として処理できるか

  • 事業承継後も同じ従業員が勤務していないか


税務署は、退職金という名目だけで判断するわけではありません。

退職の事実、支給規程、雇用関係の継続性、支給額の合理性を確認します。

そのため、書面と実態をそろえておくことが重要です。


個人事業主が生前に準備しておきたいこと

個人事業主に万が一のことがあった場合に備えて、次の準備をしておくと安心です。

  • 事業を誰が引き継ぐかを決めておく

  • 事業承継しない場合の廃業方針を考えておく

  • 従業員の雇用契約書を整備する

  • 退職金規程を作成する

  • 勤続年数や給与データを管理する

  • 未払給与や賞与の支払ルールを整理する

  • 相続人に事業の状況を共有する

  • 顧問税理士・社会保険労務士の連絡先を家族に伝える

  • 事業用口座や借入金の一覧を整理する

  • 従業員に対する説明方針を考えておく


個人事業主の死亡は、家族にとって精神的な負担が大きいだけでなく、事業・税務・労務の手続きが一気に発生します。


事前に整理しておくことで、残された家族と従業員の負担を減らすことができます。


まとめ:個人事業主の死亡時は「事業を引き継ぐか」で退職金処理が変わる

個人事業主が死亡した場合、従業員退職金の取扱いは、事業を引き継ぐかどうかで大きく変わります。


相続人や第三者が事業を引き継ぎ、従業員がそのまま働き続ける場合には、原則として退職の事実がないため、退職金は発生しないと考えられます。


一方、事業を廃止して従業員を解雇する場合には、退職金規程に基づいて合理的に支給される退職金について、必要経費や相続税の債務控除の対象となる余地があります。


国税庁の質疑応答事例でも、被相続人の死亡によって事業を廃止し、従業員を解雇して退職金を支払った場合、その退職金は被相続人の生前事業に係る労務の対価であり、被相続人の債務として確実なものと認められる場合には、相続税の課税価格の計算上、債務控除して差し支えないとされています。


ただし、退職金として処理するためには、退職の事実、退職金規程、支給額の合理性、源泉徴収、従業員への説明などを整えておく必要があります。


個人事業は、事業主本人の信用や資格に依存していることが多く、突然の死亡や廃業時には混乱が生じやすいです。


従業員がいる個人事業主は、生前のうちに退職金規程や事業承継方針を整備し、万が一のときに家族と従業員が困らないよう準備しておきましょう。


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【この記事の執筆者】

安田 亮(公認会計士・税理士)

安田亮公認会計士・税理士事務所 代表

京都大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。有限責任 あずさ監査法人、株式会社神戸製鋼所での実務経験を経て、2018年に神戸市で独立。

現在は、中小企業から上場企業に対する税務顧問、決算支援、税効果会計、連結決算、新リース会計基準への対応、組織再編、補助金・助成金に関する支援などを行なっています。また、金融機関や大手企業が運営する税務・会計・経営分野のWebメディアにおいて、記事の執筆・監修にも携わっています。

事務所ブログでは、税制改正や会計基準、経営実務に関する情報を、専門用語をできるだけかみ砕き、経営者や経理担当者の方に役立つ形で解説しています。

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