親族所有の物件を事務所として借りる場合の税務|所得税と消費税で取扱いが違う点に注意
おはようございます!代表の安田です。
個人事業主の方から、実務でよく相談されるテーマの一つに、親族が所有している物件を事務所や店舗として使う場合の税務処理があります。
たとえば、弁護士、税理士、司法書士、コンサルタント、美容室、整体院、教室業などを営む個人事業主が、配偶者や親が所有する建物の一部を事務所として借りるケースです。
「実際に家賃を払っているのだから、当然必要経費になるのでは?」と思われる方も多いでしょう。しかし、所得税では、相手が生計を一にする親族である場合、通常の賃貸借とは異なる特別な取扱いがあります。さらに、所得税と消費税では考え方が異なるため、同じ家賃であっても、所得税では必要経費にならない一方、消費税では仕入税額控除の対象になることがあります。
今回は、親族所有の物件を事業用として借りる場合の所得税・消費税の取扱いを、実務目線で整理します。
生計を一にする親族に支払う家賃は必要経費にならない
まず所得税の基本的な考え方です。
個人事業主が、生計を一にする配偶者や親族に対して家賃、地代、使用料などを支払った場合、その支払額は原則として事業所得の必要経費に算入できません。
たとえば、個人事業主である夫が、妻の所有する建物を事務所として使用し、毎月家賃を支払っているとします。夫婦が生計を一にしている場合、夫が妻に支払った家賃は、夫の事業所得の計算上、必要経費にはなりません。
実際にお金を払っていても、所得税では「同じ家計内での支払い」として扱われるため、外部の第三者に支払う家賃とは異なる処理になるわけです。
なぜ必要経費にならないのか
この取扱いの背景には、親族間での所得分散を防ぐという考え方があります。
所得税は累進課税です。所得が多い人ほど高い税率が適用されます。
もし、生計を一にする親族への支払いを自由に必要経費にできると、所得の多い事業主から所得の少ない親族へ家賃や報酬を支払うことで、世帯全体の税負担を下げることができてしまいます。
そのため、所得税法では、生計を一にする親族に支払う経費については、原則として必要経費に算入しないルールが設けられています。
では親族側の固定資産税や修繕費はどうなるのか
ここで重要なのは、事業主が親族に支払う家賃が必要経費にならない一方で、親族側がその物件について負担した一定の費用は、事業主側の必要経費にできるという点です。
たとえば、親族が所有する物件を事業用として使っている場合、その物件について親族が負担した次のような費用は、事業主の必要経費に算入できる可能性があります。
固定資産税
都市計画税
管理費
修繕費
火災保険料
減価償却費
借入金利子
その他その物件の維持管理に必要な費用
つまり、事業主が親族に支払った「家賃」は必要経費にならないものの、親族がその物件について実際に負担した「実費」は、事業主側で必要経費にできるという考え方です。
親族側では家賃収入も必要経費もないものと扱う
生計を一にする親族間で家賃を支払った場合、支払った側では必要経費になりません。一方、受け取った親族側では、その家賃収入を不動産所得として認識する必要もありません。
つまり、所得税では次のように処理します。
事業主側:親族へ支払った家賃は必要経費にしない
親族側:受け取った家賃は収入にしない
事業主側:親族が負担した物件関連費用を必要経費にする
このように、所得税では例外的に、個人単位ではなく、世帯内での実質的な費用負担を調整するような取扱いが設けられています。
無償で借りている場合も親族側の費用を必要経費にできる
では、事業主が親族に家賃をまったく支払っていない場合はどうでしょうか。
この場合でも、生計を一にする親族が所有する資産を事業の用に供しているのであれば、その親族が負担した物件関連費用を、事業主側の必要経費に算入できる可能性があります。
たとえば、妻所有の建物を夫が無償で事務所として使用している場合でも、妻が負担した固定資産税や減価償却費などは、夫の事業所得の必要経費にできることがあります。
重要なのは、家賃を払っているかどうかではなく、生計を一にする親族の資産を、実際に事業の用に供しているかという点です。
領収書や固定資産税通知書の保存が重要
この取扱いを適用する場合、親族側が負担した費用を事業主側の必要経費として計上することになります。そのため、次のような資料をきちんと保存しておく必要があります。
固定資産税・都市計画税の納税通知書
修繕費の請求書・領収書
管理費や共益費の支払明細
火災保険料の証券・領収書
建物の取得価額が分かる資料
減価償却費の計算資料
事業使用割合の根拠資料
特に、親族の名義で支払っている費用は、事業主本人の帳簿から漏れやすい項目です。確定申告の際には、親族側の資料も確認し、必要経費の拾い漏れがないようにしましょう。
事業用部分と私用部分がある場合は按分が必要
親族所有の建物をすべて事業用として使っているとは限りません。自宅兼事務所のように、建物の一部だけを事業用として使用しているケースも多いでしょう。
この場合は、親族が負担した費用の全額を必要経費にできるわけではありません。事業で使用している部分に応じて、合理的に按分する必要があります。
按分方法としては、たとえば次のような基準が考えられます。
事業使用部分の床面積割合
使用時間
部屋数
実際の利用状況
税務調査では、按分割合の根拠を確認されることがあります。「なんとなく半分」ではなく、説明できる基準を用意しておくことが大切です。
物件を取り壊した場合の資産損失も必要経費になることがある
親族所有の建物を事業用として使用していた場合、その建物を将来取り壊すケースもあります。
通常、事業用資産を取り壊した場合には、未償却残高など一定の資産損失が必要経費になることがあります。この点についても、生計を一にする親族の資産を事業に使用していた場合、事業主がその資産を所有していたものとみなして、資産損失を必要経費に算入できる取扱いがあります。
つまり、親族名義の建物であっても、実質的に事業用資産として使用していた場合には、取り壊し時の損失についても、事業主側で必要経費算入を検討できるということです。
ただし、金額が大きくなりやすいため、建物の取得価額、減価償却の状況、事業使用割合、取壊し理由などを丁寧に整理しておく必要があります。
所得税と消費税では取扱いが違う
ここからが実務上、特に注意したいポイントです。
生計を一にする親族への家賃について、所得税では必要経費にならないと説明しました。しかし、この取扱いは所得税固有のルールです。
消費税には、所得税法56条のような同様の規定はありません。そのため、消費税では、実際の賃貸借契約や支払いの有無に基づいて、課税仕入れや課税売上げを判断します。
つまり、所得税では必要経費にならない家賃であっても、消費税では課税仕入れとして扱われる可能性があります。
親族に家賃を支払っている場合の消費税
たとえば、個人事業主が、生計を一にする親族との賃貸借契約に基づき、事業用物件の家賃を支払っているとします。
この場合、消費税では、その家賃が事業用建物の賃借料であれば、原則として課税資産の譲渡等の対価に該当します。事業主側では、支払った家賃について、要件を満たせば仕入税額控除を受けることになります。
一方、家賃を受け取る親族が課税事業者である場合、その家賃は親族側の課税売上げとして申告が必要になります。
ここが所得税と大きく違う点です。所得税では、支払家賃を必要経費にせず、親族側も収入にしません。しかし、消費税では、実際に家賃の支払いがある場合、その支払いを前提に課税関係を考える必要があります。
親族がインボイス発行事業者でない場合
インボイス制度の下では、仕入税額控除を受けるために、原則として適格請求書の保存が必要です。
親族が適格請求書発行事業者でない場合、事業主側では原則として仕入税額控除が制限されます。ただし、インボイス制度には一定の経過措置があり、一定期間は免税事業者等からの課税仕入れについて、一定割合の仕入税額控除が認められます。
そのため、親族がインボイス登録をしていない場合には、事業主側で経過措置の対象になるかどうかを確認する必要があります。
所得税では必要経費にならない家賃であっても、消費税では帳簿・請求書等の保存要件を満たす必要があるため、帳簿処理を誤らないよう注意しましょう。
帳簿への記載も忘れずに
所得税の事業所得の計算上、親族に支払う家賃を必要経費にしない場合、会計帳簿に家賃を記載しない処理をしているケースがあります。
しかし、消費税でその家賃について仕入税額控除を受ける場合には、他の課税仕入れと同様に、帳簿への記載が必要です。具体的には、次のような情報を帳簿に記載しておく必要があります。
支払先の氏名または名称
取引年月日
取引内容
支払金額
課税仕入れに係る事項
インボイスまたは経過措置に関する区分
所得税と消費税で処理が異なるため、会計ソフト上の入力方法には工夫が必要です。所得税の必要経費には反映させず、消費税の課税仕入れとしては認識する、という処理が必要になる場合があります。
よくある誤解
親族所有の物件を借りる場合、実務では次のような誤解がよくあります。
誤解1:実際に家賃を払っていれば必ず必要経費になる
相手が生計を一にする親族である場合、実際に支払っていても、所得税では必要経費になりません。
誤解2:無償で借りている場合は何も経費にできない
無償で借りていても、親族が負担した固定資産税や減価償却費などを、事業主側の必要経費にできる可能性があります。
誤解3:所得税で経費にならないなら消費税でも関係ない
所得税と消費税は別の制度です。所得税で必要経費にならない家賃でも、消費税では課税仕入れとして仕入税額控除の対象になる場合があります。
誤解4:親族側は常に何も申告しなくてよい
所得税では家賃収入を認識しない取扱いになりますが、消費税では、親族が課税事業者であれば課税売上げとして申告が必要になることがあります。
実務で確認したいチェックポイント
親族所有の資産を事業用に使っている場合は、次の点を確認しておくと安心です。
親族と生計を一にしているか
賃貸借契約があるか
実際に家賃を支払っているか
物件のうち事業使用部分はどの範囲か
固定資産税・修繕費・減価償却費などを誰が負担しているか
事業使用割合を合理的に説明できるか
消費税の課税事業者かどうか
親族がインボイス発行事業者かどうか
消費税の帳簿記載要件を満たしているか
特に、所得税と消費税で取扱いが分かれる点は、確定申告時にミスが起きやすい部分です。
まとめ
個人事業主が生計を一にする親族所有の物件を事務所や店舗として借りる場合、親族に支払った家賃は、所得税の事業所得の計算上、必要経費に算入できません。一方で、その親族が負担した固定資産税、管理費、修繕費、減価償却費など、物件に係る費用は、事業主側の必要経費に算入できる可能性があります。無償で借りている場合でも、同様に親族側が負担した費用を事業主側の必要経費にできることがあります。
また、この必要経費の特例は所得税固有の取扱いであり、消費税には同様の規定がありません。そのため、賃貸借契約に基づいて親族へ家賃を支払っている場合には、消費税ではその家賃を課税仕入れとして扱い、要件を満たせば仕入税額控除の対象になります。親族が課税事業者であれば、受け取った家賃は課税売上げとして申告が必要です。
親族間の取引は、身内同士だからこそ税務処理が曖昧になりやすい分野です。所得税では「支払家賃」ではなく「親族側が負担した実費」を確認し、消費税では実際の賃貸借契約と支払実態に基づいて処理することが大切です。
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【この記事の執筆者】
安田 亮(公認会計士・税理士)
安田亮公認会計士・税理士事務所 代表
京都大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。有限責任 あずさ監査法人、株式会社神戸製鋼所での実務経験を経て、2018年に神戸市で独立。
現在は、中小企業から上場企業に対する税務顧問、決算支援、税効果会計、連結決算、新リース会計基準への対応、組織再編、補助金・助成金に関する支援などを行なっています。また、金融機関や大手企業が運営する税務・会計・経営分野のWebメディアにおいて、記事の執筆・監修にも携わっています。
事務所ブログでは、税制改正や会計基準、経営実務に関する情報を、専門用語をできるだけかみ砕き、経営者や経理担当者の方に役立つ形で解説しています。






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