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取適法の「知的財産権等」はどこまで対象?図面・ノウハウ・データや工場見学での無償開示に注意

執筆者の写真: 安田亮
安田亮
8 時間前
読了時間: 15分

おはようございます!代表の安田です。


2026年10月1日、公正取引委員会は、中小受託取引適正化法(取適法)の運用基準を見直しました。


今回の見直しでは、委託事業者が中小受託事業者から提供を受ける知的財産権やノウハウ、データなどについて、その価値を適切に評価し、対価を設定することの重要性が明確になっています。


ここで注意したいのが、取適法で問題となる「知的財産権等」は、特許権や著作権など、法律上の権利として保護されているものに限られないという点です。


例えば、次のような情報も対象となり得ます。

  • 製造業者が保有する設計図面

  • 飲食店が独自に開発したレシピ

  • 職人が長年の経験によって習得した特殊な加工技術

  • 研究開発の過程で取得した実験・測定データ

  • 営業活動やマーケティングによって蓄積された顧客データ


さらに、発注側が「監査」や「工場見学」を名目として、取引先に秘密の製造工程などを開示させるケースも問題となる可能性があります。


つまり、特許を取得していない技術や、契約書に明記されていないノウハウであっても、取引上の経済的価値を持つ情報として、適切な取扱いが求められるということです。


本日は、取適法における知的財産権等の範囲、ノウハウ・データの具体例、工場見学による情報取得の問題点、契約や対価設定で確認すべき事項を、公認会計士・税理士が解説します。


2026年10月の取適法運用基準改正とは?

今回の運用基準改正の背景には、企業間の知的財産取引における不適切な慣行があります。

例えば、発注側が取引上の立場を利用して、受注側の技術情報やノウハウを無償で取得したり、十分な対価を支払わずに利用したりするケースです。


こうした問題を踏まえ、2026年6月24日、公正取引委員会・中小企業庁・特許庁は「知的財産権・ノウハウ・データの適切な取引のための優越的地位の濫用等に関する指針」を公表しました。


その後、2026年10月1日に取適法の運用基準が見直され、知的財産権等の取引に関する考え方が反映されました。


<改正の概要>

項目

内容

関連指針の公表

2026年6月24日

公表主体

公正取引委員会・中小企業庁・特許庁

取適法運用基準の見直し

2026年10月1日

主な対象

知的財産権、ノウハウ、データ等

重要なポイント

情報の提供範囲と対価を適切に検討

注意すべき行為

知財等の不当な無償取得、低額での取得等

今回の運用基準改正は、取適法の対象となる委託取引について、受注側が保有する知的財産等の価値が適切に取り扱われるようにするものです。


「知的財産権」と「知的財産権等」の違い

今回の改正を理解するうえで最も重要なのが、この2つの違いです。

「知的財産権」とは、知的財産基本法第2条第2項で定義される権利で、特許権、著作権、商標権などが含まれます。


一方、今回の取引適正化で問題となる「知的財産権等」は、法令上の権利として保護されていないノウハウやデータも含む、より広い概念です。


<知的財産権と知的財産権等の比較>

項目

知的財産権

今回の知的財産権等

主な対象

特許権、著作権、商標権等

左記に加え、ノウハウ・データ等

法律上の権利

権利として保護されるもの

権利として保護されていない情報も含む

製造ノウハウ

必ずしも権利に該当しない

対象となり得る

レシピ

内容によって法的保護の有無が異なる

対象となり得る

研究開発データ

権利化されていない場合がある

対象となり得る

営業データ

必ずしも知的財産権ではない

対象となり得る

例えば、企業が長年の研究開発によって独自の製造方法を確立していたとしても、特許出願をしていない場合があります。


しかし、特許権がないからといって、その技術に経済的な価値がないわけではありません。

今回の見直しでは、こうした技術や情報についても、取引上の価値を適切に考慮する必要があります。


なお、「知的財産権等」に含まれることと、その情報について当然に独占的な法律上の権利が発生することは別です。


取適法の対象となり得るノウハウ・データの具体例

今回の資料では、取適法上の知的財産権等に含まれ得る情報として、さまざまな例が示されています。


実務上は、次のような情報に注意が必要です。

分類

具体例

取引で生じ得る問題

設計・製造ノウハウ

金型図面、設計図、製造工程

発注側が契約外の図面提供を要求

加工技術

職人の特殊な加工方法、作業条件

独自技術を無償で提供させる

食品関連ノウハウ

独自のレシピ、製造方法

レシピの開示・利用条件が不明確

研究開発データ

実験結果、試験データ、測定記録

研究成果を無償で取得・利用

技術資料

技術情報が記載された報告書

委託業務の範囲外で資料を要求

営業・マーケティングデータ

顧客データ、営業分析情報

受注側が蓄積したデータを無償取得

重要なのは、これらの情報が特許権や著作権などで保護されているかだけではありません。

その情報が誰の努力によって作成・蓄積され、どのような経済的価値を持ち、契約上どの範囲で提供することになっているかを確認することが重要です。


具体例① 金型の図面を無償で提出させるケース

例えば、発注側の企業が、取引先に金型の製作を依頼したとします。

契約内容は完成した金型の納品であり、その製作過程で使用した設計図面の提供までは含まれていませんでした。


しかし、発注側が納品後に、「今後の管理に必要なので、製作に使った図面も提出してください」と求めた場合はどうでしょうか。


図面に受注側独自の製造技術やノウハウが含まれている場合には、当初の契約内容や対価を確認する必要があります。


特に、受注側が取引関係を維持するために断れず、契約に含まれていない図面を無償で提供させられる場合には、取適法上の問題となる可能性があります。


<契約上の範囲の比較>

項目

当初の契約

追加要求

発注内容

金型の製作

製作図面の提供

提供対象

完成した金型

設計・製造ノウハウを含む図面

対価

金型製作代金

無償提供を要求

主な論点

製造委託

契約外の知財等の提供

このようなケースでは、図面の提供が当初の契約に含まれているか、別途対価を協議すべきかを検討する必要があります。


具体例② 飲食店の独自レシピを提供させるケース

飲食業でも、知的財産権等の問題が生じる可能性があります。

例えば、食品の製造を受託している会社が、長年の試行錯誤によって独自の調理方法や配合比率を開発していたとします。


発注側が製造工程の確認を求める中で、受注側独自のレシピや加工ノウハウの詳細な提供まで要求する場合には、注意が必要です。


レシピは、その内容によっては特許権や著作権などで保護されていないことがあります。

しかし、それだけを理由に、発注側が自由に取得・利用できるとは限りません。


例えば、製造方法を知ることで、発注側が別の製造業者へ生産を移管できるようになる場合には、その情報が重要な経済的価値を持つことも考えられます。


そのため、情報提供の必要性や利用範囲、対価の取扱いについて、当事者間で確認しておくことが重要です。


具体例③ 研究開発データや顧客データを無償で取得するケース

知的財産権等の対象は、製造技術に限りません。


研究開発の過程で蓄積した実験データや、営業・マーケティング活動によって収集・分析したデータなども、経済的価値を持つ場合があります。


例えば、ある企業が独自の市場調査によって顧客の購買傾向を分析し、その結果を保有していたとします。


発注側が、当初の委託業務には含まれていないにもかかわらず、この分析データの提供を求める場合には、契約内容や情報の価値を確認する必要があります。


同様に、研究開発を委託している場合でも、委託業務に伴う成果物として提供すべきデータと、受注側が従来から保有している独自の技術データを区別することが重要です。


なお、顧客データに個人情報が含まれている場合には、知的財産取引の問題とは別に、個人情報保護法等に基づく取扱いも検討する必要があります。


工場見学や監査の名目でノウハウを開示させるケースに注意

今回の資料で特に注目したいのが、発注側が監査や工場見学を名目として、受注側の秘密情報を取得するケースです。


公正取引委員会の実態調査では、発注側の要請によって工場見学等が行なわれ、受注側が社外秘の製造工程やノウハウを開示せざるを得なかった事例が確認されています。


例えば、発注側の企業が取引先に対し、「品質管理体制の監査を実施するので、製造工程を詳細に説明してください」と求めたとします。


品質管理の確認自体に合理的な必要性がある場合でも、その過程で、受注側が独自に開発した製造方法や特殊な加工条件まで取得する必要があるとは限りません。


特に、取引先が発注側との取引を失うことを懸念し、本来は開示したくない情報まで提供せざるを得ない場合には、取引上の問題が生じる可能性があります。


<工場見学・監査で注意したいケース>

状況

確認したいポイント

品質監査のため製造工程を確認

監査目的に必要な範囲か

加工技術の詳細な説明を要求

独自ノウハウの提供に当たらないか

製造設備の写真撮影を要求

秘密情報が取得されないか

製造条件や配合比率の提出を要求

契約上の提供範囲に含まれるか

監査資料を別の目的に利用

当初の利用目的を超えていないか

このように、工場見学や監査という形式だけで、すべての情報を無償で取得できるわけではありません。


なお、ここでいう「監査」は、主として発注側による取引先の品質・製造工程等の確認を想定したものであり、公認会計士による財務諸表監査とは異なる文脈です。


工場見学そのものが取適法違反になるわけではない

ここは誤解しないようにしたいポイントです。


企業が取引先の品質管理状況や製造工程を確認すること自体が、直ちに取適法違反になるわけではありません。


製品の安全性や品質を確保するために、発注側が合理的な範囲で製造工程を確認する必要がある場合もあります。


問題となるのは、例えば次のようなケースです。

  • 監査目的に必要な範囲を超えて情報を取得する

  • 契約上予定されていない独自ノウハウの提供を一方的に要求する

  • 受注側が取引関係への影響を恐れて断れない

  • 情報の経済的価値を考慮せず、無償で提供させる


実際に取適法上の問題となるかどうかは、取引の内容、当事者の関係、提供する情報の性質、契約条件などによって異なります。


工場見学を行なったから違反となるのではなく、どのような情報を、どのような条件で取得したかが重要です。


「受注側が合意している」だけで問題ないとは限らない

発注側の要請に対して、受注側が意に沿わない形で情報を提供せざるを得ないケースも問題とされています。


例えば、受注側が発注側に経済的に依存している場合を考えます。

発注側から重要な製造ノウハウの提供を求められた際、受注側は本来提供したくないと考えていても、取引が打ち切られることを恐れて応じてしまう可能性があります。


この場合、形式的には受注側が情報を提供しているとしても、それが実質的に自由な意思に基づくものかどうかが問題となり得ます。


そのため、発注側では、受注側から情報提供について明確な拒否がなかったことだけをもって、適切な取引であったと判断しないことが重要です。


特に、当初の契約範囲を超える情報提供を求める場合には、必要性や対価を改めて協議することが望まれます。


知的財産権等の対価はどのように決める?

取適法の対象となる委託取引で、受注側から知的財産権等の提供を受ける場合には、その範囲や価値を適切に考慮して対価を決定する必要があります。


ただし、ノウハウやデータには、一般的な市場価格が存在しない場合もあります。

例えば、ある製造業者が独自に開発した加工技術について、同じ技術の取引価格が公表されているとは限りません。


そのような場合には、取引の内容に応じて、次のような事項を検討することが考えられます。

検討項目

内容

開発に要した費用

技術やデータの作成・蓄積に要した費用

技術の独自性

他社が容易に取得できる情報か

利用範囲

特定製品・特定工場だけで使用するか

利用期間

一定期間か、継続的に使用するか

提供先

発注側だけか、第三者への提供も認めるか

経済的価値

事業活動にどの程度の価値をもたらすか

秘密性

開示によって競争上の優位性が失われないか

これらは対価設定を検討するための一般的な例示であり、特定の計算方法が一律に義務付けられているという意味ではありません。


また、独立した追加料金として支払う方法だけでなく、当初の委託代金に知財等の提供対価を適切に織り込むことも考えられます。


重要なのは、情報の価値と提供範囲を考慮したうえで、当事者間で適切な取引条件を設定することです。


契約書では「納品物」と「提供する情報」を区別する

企業が知的財産権等を伴う取引を行なう場合、契約書の内容も重要です。


例えば、製造委託契約で納品物として製品や金型が指定されている場合、その製造に使用した設計図面や技術情報まで当然に提供対象となるとは限りません。


また、研究開発委託契約でも、成果物として提供する研究結果と、受注側がもともと保有していたノウハウは区別する必要があります。


<契約書で確認したい事項>

項目

確認内容

発注内容

何を製造・開発・提供する契約か

納品物

完成品、報告書、図面等の範囲

既存ノウハウ

受注側が従来から保有する技術の取扱い

新たな成果

委託業務を通じて生じる情報の帰属

情報提供

提供が必要な情報の種類・範囲

利用目的

取得した情報を何に使用できるか

第三者提供

他の取引先等への開示・利用を認めるか

対価

知財等の提供範囲を踏まえた代金

秘密保持

情報の利用・開示に関する制限

特に、発注後に新たな情報提供を求める場合には、当初の契約内容を確認し、必要に応じて追加合意を行うことが重要です。


経理部門も知的財産等の対価の支払漏れに注意

今回の見直しは、購買部門や法務部門だけでなく、経理部門にも関係します。


例えば、発注部門が取引先から製造ノウハウの提供を追加で受けることになり、その対価について合意した場合を考えます。


その情報が経理部門へ共有されなければ、追加対価の支払いが適切に行なわれない可能性があります。


また、契約書に知的財産等の提供に関する条件が記載されていても、発注書や請求書の金額に反映されていない場合には、確認が必要になります。


<経理部門が確認したい事項>

項目

確認内容

契約書

知財等の提供対価が定められているか

発注書

契約上の提供範囲が適切に反映されているか

契約変更

追加の情報提供に関する合意がないか

請求書

合意した対価が適切に請求されているか

支払処理

対価の支払漏れが発生していないか

社内連携

購買・法務・経理間で情報共有されているか

なお、知財等の対価を支払った場合の会計処理は、取得した権利や情報の内容、利用目的、会計基準上の資産計上要件等によって異なります。


取適法上、対価を支払う必要があることと、その支出を会計上必ず無形固定資産に計上することは別の問題です。


発注側・受注側それぞれが確認したいこと

今回の運用基準改正への対応では、発注側と受注側の双方が、情報の提供範囲を明確にすることが重要です。


<発注側の確認事項>

確認事項

チェック

取得する情報が知財等に該当し得るか確認した

□

発注内容に含まれる情報提供の範囲を明確にした

□

契約外のノウハウを無償で要求していない

□

工場見学等で必要以上の情報を取得していない

□

情報の経済的価値を考慮して対価を設定した

□

取得した情報の利用目的を明確にした

□

追加対価の支払いが適切に行なわれている

□

<受注側の確認事項>

確認事項

チェック

自社が保有する重要なノウハウを把握している

□

契約上の納品物と独自ノウハウを区別している

□

工場見学で開示する情報の範囲を決めている

□

秘密情報の管理方法を整備している

□

契約外の情報提供要求を記録している

□

情報提供の必要性や対価について協議している

□

取引条件に不安がある場合の相談先を把握している

□


まとめ|特許を取得していないノウハウも適切な取引が必要

2026年10月1日の取適法運用基準の見直しでは、知的財産権等の取引について、適切な対価を設定することの重要性が明確になりました。


今回の資料で特に重要なのは、取適法の運用基準上の知的財産権等は、法律上の知的財産権よりも広い範囲を対象としているという点です。


特許権や著作権などに加えて、権利化されていない図面、レシピ、特殊な加工技術、研究開発データ、営業・マーケティングデータなども対象となり得ます。


また、発注側が監査や工場見学の名目で受注側に秘密の製造工程等を開示させる場合にも注意が必要です。


受注側が取引関係への影響を懸念して、本来は提供したくない情報を開示せざるを得ないようなケースでは、取適法や独占禁止法上の問題が生じる可能性があります。


企業が確認しておきたいポイントは次のとおりです。

  • 知的財産権等には、権利化されていないノウハウ・データも含まれ得る

  • 図面、レシピ、特殊な加工技術、研究開発データなども対象となり得る

  • 発注側による一方的な情報取得には注意が必要

  • 監査・工場見学を名目とする情報取得も問題となる場合がある

  • 取引当事者間で情報の提供範囲を明確にすることが重要

  • 情報の経済的価値を考慮して対価を設定する

  • 契約外の情報提供については追加協議を行う

  • 購買・法務・経理部門の連携によって支払漏れを防止する


特に製造業や研究開発を行う企業では、契約書に明記されていない製造技術やデータについて、発注側から追加の提供を求められることも考えられます。


そのため、「法律上の権利として登録されていないから無償で取得してよい」と考えることは適切ではありません。


今後は、取引上提供する情報の種類、利用範囲、経済的価値を整理し、双方が納得できる取引条件を設定することが重要です。



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【この記事の執筆者】

安田 亮(公認会計士・税理士)

安田亮公認会計士・税理士事務所 代表

京都大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。有限責任 あずさ監査法人、株式会社神戸製鋼所での実務経験を経て、2018年に神戸市で独立。

現在は、中小企業から上場企業に対する税務顧問、決算支援、税効果会計、連結決算、新リース会計基準への対応、組織再編、補助金・助成金に関する支援などを行なっています。また、金融機関や大手企業が運営する税務・会計・経営分野のWebメディアにおいて、記事の執筆・監修にも携わっています。

事務所ブログでは、税制改正や会計基準、経営実務に関する情報を、専門用語をできるだけかみ砕き、経営者や経理担当者の方に役立つ形で解説しています。


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