未払残業代を一括で支払った場合の税務処理|給与所得・源泉徴収・損金算入を税理士が解説
- 安田 亮
- 5 日前
- 読了時間: 16分
おはようございます!代表の安田です。
近年、未払残業代をめぐる労務トラブルは、中小企業でも他人事ではなくなっています。
退職した元従業員から、過去数年分の残業代を請求されるケースもあります。
会社としては、弁護士や社会保険労務士と相談しながら対応することになりますが、和解や判決により未払残業代を支払うことになった場合、税務上も多くの論点が生じます。
たとえば、次のような疑問です。
未払残業代の和解金は給与所得になるのか
遅延損害金も給与として源泉徴収するのか
退職した元従業員に支払う場合でも源泉徴収が必要なのか
過去の年末調整をやり直す必要があるのか
会社側ではいつ損金算入できるのか
和解金として一括支給した場合は、支払った年の給与でよいのか
未払残業代の税務処理は、単に「残業代だから給与」と一言で片付けられるものではありません。和解金の中身、支払方法、支給額の決まり方、受給者が在職中か退職後かによって、源泉所得税や受給者側の申告、会社側の損金算入時期が変わります。
本日は、未払残業代を一括で支払った場合の所得区分、源泉徴収、年末調整、会社側の法人税処理について、実務上の注意点を解説します。
未払残業代とは
未払残業代とは、従業員が時間外労働、休日労働、深夜労働などを行ったにもかかわらず、本来支払うべき割増賃金が支払われていない状態をいいます。
たとえば、次のようなケースで問題になります。
固定残業代の設計が不十分だった
管理監督者として扱っていたが、実際には管理監督者に該当しなかった
残業時間を正しく集計していなかった
始業前・終業後の作業時間を労働時間に含めていなかった
休日出勤や深夜労働の割増率を誤っていた
給与計算システムの設定に誤りがあった
退職者から過去分の残業代請求を受けた
未払残業代が発覚すると、会社は過去分の不足額をまとめて支払うことがあります。
その支払が、労働基準監督署の指導によるものなのか、従業員との合意によるものなのか、訴訟上の和解によるものなのかによって、税務処理の検討ポイントが変わります。
賃金請求権の時効延長によりリスクは大きくなっている
賃金請求権の消滅時効は、2020年4月1日以降、従来より延長されています。
法律上は5年に延長されつつ、当分の間は3年とされています。
そのため、会社が未払残業代を請求された場合、過去3年分の支払が問題になることがあります。
1人分であれば対応できる金額でも、複数の従業員に同じ給与計算ミスがあった場合、会社全体では大きな負担になります。
さらに、未払残業代には遅延損害金や付加金、弁護士費用、社会保険料の追加負担などが関連することもあります。
税務だけでなく、労務・法務・資金繰りを含めて対応する必要があります。
和解金はまず内訳を確認する
未払残業代をめぐる紛争では、判決まで進まず、会社と従業員または元従業員が和解することがあります。
この場合、「解決金」「和解金」「未払賃金相当額」などの名目で一括支払されることがあります。
ここで重要なのは、名目だけで税務上の所得区分を決めないことです。
和解金の中には、複数の性質の金額が含まれていることがあります。
たとえば、次のようなものです。
未払残業代相当額
通常の未払給与
退職金相当額
遅延損害金
慰謝料
解決金
訴訟費用相当額
未払残業代相当額であれば、基本的には給与所得です。
一方、遅延損害金相当額は雑所得として整理されるのが通常です。
また、退職に基因して一時に支払われるものと評価できる場合には、退職所得の検討余地が出ることもあります。
つまり、和解金を受け取った側の所得区分も、会社側の源泉徴収も、和解金の中身をどう区分するかで変わります。
未払残業代相当額は給与所得
未払残業代は、従業員が雇用契約に基づいて提供した労務の対価です。
したがって、未払残業代相当額は、原則として給与所得に該当します。
たとえ支払時点で従業員が退職していても、過去の勤務に対する賃金であることに変わりはありません。そのため、会社が元従業員に未払残業代相当額を支払う場合でも、給与として源泉徴収の対象になります。
退職者に支払うから給与ではない
和解金という名目だから給与ではない
弁護士を通じて支払うから源泉徴収は不要
このように考えるのは危険です。
未払残業代相当額は、基本的には給与所得として処理する必要があります。
遅延損害金相当額は雑所得
未払残業代の請求では、残業代そのものに加えて、遅延損害金が請求されることがあります。遅延損害金は、賃金そのものではなく、支払いが遅れたことによる損害賠償的な性質を持つ金額です。
そのため、未払残業代相当額とは区分して考える必要があります。
一般的には、遅延損害金相当額は給与所得ではなく、雑所得として整理されます。
この場合、会社側で給与として源泉徴収する対象には含めない取扱いが考えられます。
ただし、和解書で未払残業代と遅延損害金の区分が明確でない場合には、どの部分が給与で、どの部分が雑所得なのかを合理的に区分しなければなりません。
和解書で内訳を明確にしておく
未払残業代の和解では、税務処理を考えるうえで、和解書の記載が非常に重要です。
和解金の内訳が不明確なまま一括金額だけが記載されていると、税務上の処理で悩むことになります。
理想的には、和解書で次のような内訳を明記しておくことです。
未払残業代相当額
遅延損害金相当額
退職金相当額
慰謝料相当額
その他解決金
もちろん、実際の交渉では、相手方との関係や訴訟戦略上、細かな内訳を明記しにくい場合もあります。しかし、税務処理の観点では、できる限り内訳を明確にしておくことが望ましいです。
内訳が不明確な場合には、請求書、訴状、準備書面、計算書、交渉経緯などをもとに、合理的な方法で按分することになります。
内訳が不明な場合は合理的に按分する
和解金の内訳が明確でない場合でも、税務上は何らかの整理が必要です。
たとえば、元従業員側の請求内容が、未払残業代300万円、遅延損害金30万円、慰謝料70万円であり、最終的に和解金として200万円を支払う場合を考えます。
この場合、請求額の構成割合などを参考に、和解金200万円を給与所得部分、雑所得部分、慰謝料部分などに按分する方法が考えられます。
もちろん、必ず請求額割合で按分すればよいというわけではありません。
和解に至る経緯、争点、裁判上の主張、相手方との合意内容などを総合的に見て、実質的な法律関係に基づいて区分する必要があります。
税務調査で説明できるよう、按分根拠を資料として残しておきましょう。
支払方法は大きく2つある
未払残業代を支払う方法には、大きく分けて2つの考え方があります。
1つ目は、過去の実労働時間に基づいて、本来支払われるべきであった各月・各年分の給与として処理する方法です。
2つ目は、和解により金額が確定した一時金として、和解日または支払日の属する年分の給与として処理する考え方です。
どちらの処理になるかで、源泉徴収、年末調整、受給者側の申告、会社側の実務負担が大きく変わります。
実務では、労基署の指導などにより過去の実労働時間に基づく差額を明確に計算して支払う場合と、訴訟上の和解で一括の解決金として支払う場合を区別して考えることが重要です。
過去の実労働時間に基づいて支払う場合
過去の実労働時間に基づいて、本来支払われるべきだった残業手当との差額を一括支給する場合、その残業手当は本来支払われるべきであった各支給日の属する年分の給与所得になります。
たとえば、2023年、2024年、2025年の残業代不足額を2026年にまとめて支払う場合でも、それぞれ本来の給与支給日の属する年分に帰属させて処理します。
この場合、会社側では、過去の各月の給与に不足額を加えて源泉徴収税額を再計算し、年末調整済みの年については年末調整の再計算を行なう必要がありますが、実務上はかなり手間がかかります。
対象者が多い場合や、複数年分にわたる場合には、給与計算システム、源泉徴収票、法定調書、住民税、社会保険料への影響も含めて慎重に確認する必要があります。
退職者に対しても源泉徴収義務はある
未払残業代を支払う相手が既に退職している場合でも、未払残業代相当額が給与所得に該当する以上、会社には源泉徴収義務があります。「今は従業員ではないから源泉徴収しない」という処理は適切ではありません。
ただし、源泉徴収税額表のどの欄を使うかは、支払方法により変わります。
過去の各支給時期に帰属する給与として再計算する場合には、退職前に提出されていた扶養控除等申告書の効力がある時期について、甲欄で再計算することが考えられます。
一方、和解日を基準に支給期の定めのない一時金として処理する場合には、退職後で扶養控除等申告書の効力がないため、賞与に準じて乙欄で源泉徴収する取扱いが検討されます。
年末調整のやり直しが必要になることがある
過去の各年分の給与として処理する場合、年末調整をやり直す必要が生じることがあります。
たとえば、2024年分の給与について未払残業代が追加される場合、2024年分の給与収入、給与所得控除後の金額、所得控除、源泉徴収税額などを再計算します。
再計算の結果、源泉徴収票の内容が変わる場合には、修正後の源泉徴収票を本人に交付し、必要に応じて税務署や市区町村への対応も検討します。
本人が既に確定申告をしている場合には、本人側で修正申告が必要になることがあります。
この場合、本人側では追加税額や延滞税が生じることもあります。
会社側の処理だけで完結するとは限らない点に注意しましょう。
源泉所得税の納付期限
給与に係る源泉所得税は、給与を支払う際に徴収し、その徴収した日の属する月の翌月10日までに納付するのが原則です。
過去分の未払残業代であっても、会社が実際に支払う際に源泉徴収を行ない、翌月10日までに納付することになります。
この場合、過去の給与に係る追加支払であっても、源泉所得税を実際の支払時に徴収し、納期限までに納付していれば、会社側に不納付加算税や延滞税が直ちに生じるわけではないと考えられます。
ただし、処理方法や事実関係により取扱いが変わる可能性があります。
特に、過去の年末調整のやり直しや本人側の修正申告が絡む場合には、個別に確認が必要です。
和解一時金として支払う場合
訴訟や交渉により、未払残業代を含む和解金を一時金として支払う場合、実務上は、和解により支払金額が確定した時点の給与として処理する考え方が採られることがあります。
この場合、過去の各月に遡って源泉徴収や年末調整をやり直すのではなく、和解日の属する年分の給与として処理します。
特に、未払残業代の金額について争いがあり、和解によって初めて支払金額が確定したような場合には、過去の各支給日に当然に収入すべきであった給与とは異なる整理が考えられます。
ただし、これはすべての未払残業代に当然適用できるという意味ではありません。
過去の実労働時間に基づく不足額が明確で、本来支払うべき給与を後から一括支給する場合には、国税庁の質疑応答事例のように、本来の各支給日の属する年分の給与として処理する必要があります。
一時金処理では賞与に準じた源泉徴収を検討する
和解一時金として支払う場合、その給与は支給期の定めのない給与として、賞与に準じて源泉徴収税額を計算することが考えられます。
支払先が退職者である場合、在職中に提出された扶養控除等申告書は退職後の支払には効力が及ばないため、乙欄で源泉徴収することが検討されます。
この場合、受給者側では、乙欄給与について確定申告で精算する必要が生じることがあります。
なお、和解交渉では「手取りでいくら支払う」という形で合意されることもあります。
その場合、会社が源泉所得税相当額を上乗せして負担する、いわゆるグロスアップ計算が必要になることがあります。
源泉徴収を考慮せずに和解金額を決めてしまうと、後で会社側が追加負担を負う可能性があります。
和解書には税務処理も意識して記載する
未払残業代の和解では、和解書の文言が税務処理に大きく影響します。税務上のトラブルを避けるためには、弁護士と連携しながら、次の点を検討しておきましょう。
和解金の内訳を明記できるか
未払残業代相当額と遅延損害金相当額を区分できるか
源泉徴収後の金額を支払うのか、手取り額を保証するのか
源泉徴収票を発行する前提か
受給者側で確定申告が必要になる可能性を説明するか
退職所得として整理する余地がある場合、退職所得の受給に関する申告書を取得できるか
税務処理は、和解成立後に経理部門へ回ってきて初めて検討するのでは遅いことがあります。和解交渉の段階から、源泉徴収や本人への説明まで含めて整理しておくことが重要です。
退職所得として扱える場合は限定的
未払残業代の和解金について、退職所得として処理できないかという相談を受けることがあります。
退職所得であれば、退職所得控除や2分の1課税の対象となるため、受給者側の税負担が軽くなる可能性があります。
しかし、未払残業代は本来、過去の労務提供に対する給与です。
したがって、単に退職後に支払われるからといって退職所得になるわけではありません。
退職所得として扱うには、退職に基因して一時に支払われる金員といえるかどうかを慎重に判断する必要があります。
たとえば、退職金請求や退職条件をめぐる紛争を含む和解で、退職に基因する一時金として整理できる部分がある場合には、退職所得の検討余地が出ることがあります。
ただし、未払残業代相当額を安易に退職所得として処理するのはリスクがあります。
会社側の法人税処理
会社が未払残業代や和解金を支払った場合、会社側では原則として損金算入の対象になります。問題は、どの事業年度の損金にするかです。
未払残業代は過去の労働に基因するものですが、和解や判決により金額が確定した場合、会社側ではその事業年度に債務が確定したものとして損金算入することが考えられます。
法人税では、債務が確定していない費用は原則として損金算入できません。
未払残業代について争いがあり、金額が未確定であった場合には、過去年度に遡って費用計上するのではなく、和解や判決により支払額が確定した事業年度の損金として処理するのが基本です。
したがって、会社側では、和解日や判決確定日、支払義務の確定日を確認し、損金算入時期を判断します。
遅延損害金や慰謝料も会社側では損金になり得る
未払残業代に関連して遅延損害金や慰謝料、解決金を支払う場合も、会社の業務遂行に関連して発生した支出であれば、会社側では損金算入の対象になることが考えられます。
ただし、役員や特定の関係者への支払いで、実質的に給与や利益供与と評価されるような場合には別途検討が必要です。
また、社会通念上不相当に高額な支払い、架空の和解金、実態のない支払いなどは、税務上問題になる可能性があります。
和解金を損金算入するためには、和解書、請求書、訴訟資料、支払記録、社内決裁資料などを保存しておきましょう。
社会保険料への影響も確認する
未払残業代を支払う場合、所得税だけでなく社会保険料への影響も確認する必要があります。過去分の給与として処理するのか、一時金として処理するのかにより、標準報酬月額や賞与支払届への影響が変わることがあります。
また、労働保険料、雇用保険料、住民税にも影響する可能性があります。
税理士だけで完結する論点ではないため、社会保険労務士と連携して対応することが重要です。
未払残業代の問題は、税務・労務・法務が交差する典型的な論点です。
会社側で一方的に税務処理だけを決めるのではなく、関係専門家と協議しながら支払方法を決めましょう。
未払残業代を支払う会社が確認すべき資料
未払残業代を支払う場合、会社側では次の資料を整理しておきましょう。
請求書、内容証明、訴状、準備書面
残業代計算書・タイムカード、勤怠記録
給与台帳
就業規則、賃金規程
固定残業代に関する契約書や通知書
和解書、判決書、調停調書
和解金の内訳が分かる資料
源泉徴収税額の計算資料
年末調整の再計算資料
修正後の源泉徴収票
支払明細、振込記録
社会保険料の再計算資料
これらの資料がないと、税務調査や労務調査で説明が難しくなります。
特に、和解金の内訳、源泉徴収の根拠、損金算入時期の判断資料は重要です。
実務上よくあるミス
未払残業代の税務処理では、次のようなミスが起こりやすいです。
和解金全額を給与として処理してしまう
和解金の中に遅延損害金や慰謝料が含まれている場合には、給与所得以外の所得区分になる部分があるため、内訳を確認する必要があります。
未払残業代相当額なのに源泉徴収していない
退職者への支払いであっても、給与所得に該当する部分は源泉徴収の対象です。
過去の各年分の給与として処理すべき支払いについて、支払年分の給与として簡便に処理してしまう
支払の根拠や金額の確定経緯により処理が変わるため、国税庁の質疑応答事例のようなケースに該当するか確認が必要です。
和解金額を手取りで合意してしまい、源泉所得税の負担を誰が負うかで後から揉める
和解前に税務処理を検討しておくことが重要です。
未払残業代支払い時のチェックポイント
未払残業代を支払う場合は、次の点を確認しましょう。
支払金額の内訳が明確か
未払残業代相当額、遅延損害金、慰謝料、退職金相当額を区分しているか
未払残業代相当額を給与所得として処理しているか・遅延損害金相当額を給与と混同していないか
過去の各支給日に帰属する給与なのか、和解一時金なのかを整理しているか
源泉徴収方法を確認しているか
退職者に支払う場合の甲欄、乙欄の判断をしているか
年末調整のやり直しが必要か
源泉徴収票を修正または発行する必要があるか
受給者側に確定申告が必要になる可能性を説明しているか
会社側の損金算入時期を確認しているか
社会保険料や労働保険料への影響を社労士と確認しているか
未払残業代の支払いは、単なる給与計算の修正ではなく、税務・労務・法務が絡む処理です。支払前に全体像を整理しておきましょう。
まとめ
未払残業代を一括で支払う場合、税務上はまず支払金額の内訳を確認する必要があります。
未払残業代相当額は、雇用契約に基づく労務の対価であるため、原則として給与所得に該当します。
一方、遅延損害金相当額は、給与ではなく雑所得として整理されるのが通常です。
和解金として一括支払する場合でも、名目だけで判断せず、和解金の中身を合理的に区分することが重要です。
過去の実労働時間に基づいて、本来支払われるべきであった残業手当との差額を一括支給する場合、その残業手当は本来の支給日の属する年分の給与所得となります。
この場合、会社側では過去の各月の源泉徴収税額や年末調整を再計算する必要が生じることがあります。
一方、訴訟や交渉を経て和解により金額が確定した一時金については、和解日の属する年分の給与として処理する考え方も実務上検討されます。
この場合、退職者に対する支給であれば、賞与に準じて乙欄で源泉徴収することが考えられます。
会社側の法人税処理では、未払残業代や和解金は、和解や判決により債務が確定した事業年度の損金として処理するのが基本です。過去の労働に基因するものであっても、支払額が当期に確定したのであれば、当期の損金算入を検討します。
未払残業代の支払いでは、源泉所得税、受給者側の確定申告、会社側の損金算入、社会保険料、住民税、労務リスクが複雑に絡みます。
和解書を作成する段階から、弁護士、社会保険労務士、税理士が連携し、支払金額の内訳、源泉徴収、本人への説明、会社側の会計処理を整理しておくことが大切です。
未払残業代や和解金の税務処理で迷う場合は、早めに税理士へ相談することをおすすめします。




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