取適法施行で経理実務はどう変わった?支払・振込手数料・手形払い・遅延利息の注意点を公認会計士が解説
- 安田 亮
- 7月16日
- 読了時間: 12分
更新日:7月28日
おはようございます!代表の安田です。
2026年1月1日から、「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」、いわゆる取適法が施行されています。
取適法は、従来の下請法を改正・再編する形で導入された制度であり、目的は、中小企業との取引の適正化と、構造的な価格転嫁を実現しやすい取引環境の整備にあります。
経理担当者にとって特に重要なのは、取適法が単なる法務・購買部門の話ではないという点です。支払期日、支払手段、振込手数料、減額処理、遅延利息、取引先の判定など、日々の経理業務に直接関係する項目が多く含まれています。
本日は、公認会計士の視点から、取適法の基本と、経理担当者が実務上注意すべきポイントを整理します。

1. 取適法とは
取適法は、従来の下請法を改正する形で施行された法律です。
正式名称は長いですが、実務上は、委託事業者と中小受託事業者との間で行われる製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託、特定運送委託などについて、支払遅延や不当減額、買いたたきなどを防止するためのルールと理解すると分かりやすいです。
従来の下請法と比べると、取適法では適用対象が広がり、特に次のような点が実務上重要です。
資本金基準に加えて、従業員基準が導入された
特定運送委託が新たに規制対象となった
手形払いが禁止された
振込手数料を中小受託事業者に負担させることが禁止された
不当減額にも遅延利息の支払義務が及ぶようになった
これらはいずれも、経理・購買・法務・現場部門の連携がなければ対応が難しい項目です。
2. 取適法の適用対象
取適法は、すべての取引に適用されるわけではありません。適用対象となるかどうかは、大きく次の2つで判断します。
当事者要件
取引要件
当事者要件では、委託事業者と中小受託事業者の資本金や従業員数を確認します。従来の下請法では主に資本金基準が中心でしたが、取適法では新たに従業員基準が設けられています。
たとえば、製造委託・修理委託・特定運送委託では、委託事業者が常時使用する従業員300人超、中小受託事業者が300人以下である場合などが対象となり得ます。情報成果物作成委託・役務提供委託では、100人超・100人以下という基準も関係します。
取引要件では、対象取引が次のような類型に該当するかを確認します。
製造委託
修理委託
情報成果物作成委託
役務提供委託
特定運送委託
経理部門だけでは、個々の取引がどの類型に該当するか判断しにくいことも多いため、購買部門、物流部門、法務部門との連携が不可欠です。
3. 経理実務で特に注意すべき「従業員基準」
取適法で大きく変わった点の一つが、従業員基準の追加です。
従来は、資本金を確認すれば適用対象かどうかをある程度判断できました。しかし、取適法では、資本金基準に該当しない場合でも、従業員数によって適用対象となる可能性があります。
ここで問題になるのは、発注のたびに取引先の従業員数を正確に確認することが難しいという点です。実務上は、たとえば次のような対応が考えられます。
見積依頼書に従業員数確認欄を設ける
見積書の備考欄に従業員数の該当性を記載してもらう
取引先マスタに資本金・従業員数の情報を登録する
年1回など定期的に取引先情報を更新する
取適法対象取引先を会計システムや支払システム上で識別できるようにする
経理担当者としては、取適法の適用対象となる取引先と、そうでない取引先を区分できる体制を整えることが重要です。
4. 特定運送委託の追加にも注意
取適法では、新たに特定運送委託が規制対象に加わりました。
背景には、荷主と運送事業者との取引において、買いたたき、代金減額、支払遅延などが問題になりやすいという実務上の課題があります。
特定運送委託の対象となるのは、たとえば次のような取引です。
物品販売事業者が、販売先に対する運送を運送事業者に委託する場合
物品製造請負事業者が、発注者に対する運送を委託する場合
物品修理請負事業者が、発注者に対する運送を委託する場合
情報成果物作成請負事業者が、発注者に対する運送を委託する場合
一方、自社工場から別の自社工場への運送のように、すべての運送委託が対象になるわけではありません。
物流費や運送委託費は経理上も頻繁に処理されるため、取引内容を把握している物流・購買部門と連携し、取適法の適用対象となる運送委託を洗い出す必要があります。
5. 委託事業者に課される4つの義務
取適法の適用対象となる場合、委託事業者には主に次の4つの義務が課されます。
(1)給付内容等の明示義務
委託事業者は、中小受託事業者に製造委託等をした場合、給付の内容、代金、支払期日などの必要事項を、書面または電磁的方法で明示する必要があります。
従来の下請法では、電磁的方法による場合に下請事業者の事前承諾が必要でしたが、取適法では不要とされています。
(2)書類等の作成・保存義務
取引の経緯に関する所定事項を記載または記録した書類・電磁的記録を作成し、2年間保存する必要があります。
経理実務では、発注書、契約書、請求書、検収記録、支払記録などを後から確認できるようにしておくことが重要です。
(3)支払期日を定める義務
中小受託事業者から給付を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内で、代金の支払期日を定める必要があります。
ここでいう60日以内は、経理の支払サイト設定に直結します。取適法対象取引については、支払条件が60日を超えていないか確認が必要です。
(4)遅延利息の支払義務
支払期日までに代金を支払わなかった場合、受領日から60日を経過した日から実際の支払日まで、年率14.6%の遅延利息を支払う義務があります。
また、今回の改正により、不当減額を行なった場合にも、遅延利息の支払義務が及ぶことになりました。
6. 経理担当者が特に注意すべき禁止事項
取適法では、委託事業者に対し、さまざまな禁止事項が定められています。経理実務に関係が深いものとして、特に次の点に注意が必要です。
支払遅延
支払期日を過ぎても代金を支払わないことは禁止されています。支払サイトの設定ミス、検収処理の遅れ、請求書処理の滞留などにより、意図せず支払遅延になることがあります。
不当減額
中小受託事業者の責めに帰すべき理由がないのに、代金を減額することは禁止されています。振込手数料の控除、協賛金名目の控除、端数調整、事後値引きなども、実態によっては不当減額になり得ます。
買いたたき
通常支払われる対価と比べて、著しく低い代金を不当に定めることは禁止されています。価格交渉や値下げ要請を行う場合には、合理的な根拠と十分な協議が必要です。
協議に応じない一方的な代金決定
原材料費、人件費、物流費などの変動により中小受託事業者が価格協議を求めたにもかかわらず、協議に応じない、必要な説明をしない、一方的に代金を決めることは禁止されています。価格転嫁が重要政策となっている現在、この項目は特に注目されやすいといえます。
7. 手形払いは禁止に
取適法で経理担当者が必ず押さえるべき重要ポイントが、手形払いの禁止です。
従来、手形払いは委託事業者にとって資金繰り上のメリットがありました。一方で、中小受託事業者にとっては、現金化まで時間がかかる、割引料を負担する必要があるなどの問題がありました。
今回の改正により、取適法対象取引では、代金の支払について手形を交付することが禁止されています。
また、電子記録債権やファクタリングなど、金銭・手形以外の支払手段についても、支払期日までに代金相当額の金銭と引き換えることが困難なものは問題となります。
実務上は、次の点を確認しましょう。
取適法対象取引で手形払いが残っていないか
電子記録債権の決済日が支払期日を超えていないか
ファクタリングの現金化時期が支払期日を超えていないか
支払条件を契約書・発注書・取引先マスタに反映しているか
8. 振込手数料は原則として自社負担へ
従来の下請法では、一定の条件を満たせば、振込手数料を下請代金から差し引いても減額に該当しないとされる場合がありました。
しかし、新運用基準では、中小受託事業者に振込手数料を負担させることは、減額として禁止される整理となっています。
そのため、これまで請求額から振込手数料を差し引いて支払っていた場合には、運用変更が必要です。実務上は、次の対応が考えられます。
取適法対象取引では振込手数料を控除しない
対象取引の判定が難しい場合は、一律で振込手数料を自社負担にする
契約書に「振込手数料は受託者負担」とある場合は、契約更新時に修正する
支払システムで自動控除されていないか確認する
請求額と実際の振込額に差異がないか確認する
振込手数料は少額に見えますが、継続的に控除していると不当減額として問題になり得ます。
9. 不当減額にも遅延利息が発生
取適法では、不当減額についても、年率14.6%の遅延利息の支払義務が及ぶようになりました。
従来は、減額が問題となった場合でも、元本部分を返還すれば足りるケースが中心でした。しかし、取適法下では、減額した元本に加え、遅延利息も考慮する必要があります。
経理担当者としては、万が一、不当減額が発生した場合の後処理に注意が必要です。
特に、公正取引委員会の調査を受けた場合や、過年度から継続的に減額処理をしていた場合には、返還すべき元本だけでなく、遅延利息、引当金、偶発債務、開示上の影響も検討する必要があります。
10. 今後は60日以内支払サイトの範囲拡大にも注意
取適法では、対象取引について60日以内の支払期日を定める義務があります。
さらに、公正取引委員会は、サプライチェーン全体の取引適正化に向け、取適法の適用対象外の取引にも、60日以内支払サイト規制を広げる方向の施策案を示しています。
今後、取適法の直接対象でない取引についても、60日超の支払サイトが問題視される可能性があります。
実務上は、取適法対象取引だけでなく、外注費、業務委託費、運送費、加工費、保守費などについて、支払サイトが60日を超えていないかを広く点検しておくことが望まれます。
11. 執行体制も強化されている
取適法の施行にあわせて、公正取引委員会の執行体制も強化されています。
取引適正化に関する組織体制や人員が拡充され、事業所管省庁とも連携しながら、取適法や独占禁止法上の優越的地位の濫用規制を一体的に運用していく体制が整えられています。
また、違反が認められ勧告が行われた場合には、原則として事業者名、違反事実の概要、勧告内容などが公表されます。
取適法違反は、金銭的な負担だけでなく、レピュテーションリスクにもつながります。経理担当者は、単なる支払事務の問題としてではなく、企業のコンプライアンスリスクとして捉える必要があります。
12. 経理部門だけで完結しない
取適法対応は、経理部門だけで完結しません。
たとえば、取引が取適法の対象かどうかは、契約内容や発注内容を把握している購買部門・事業部門の協力が必要です。価格協議や給付内容の変更については、現場担当者のコミュニケーションが問題になることもあります。契約条項の見直しには法務部門が関与します。遵守状況の点検には内部監査部門の関与も有効です。
そのため、取適法対応では、次のような全社的な体制整備が重要です。
取適法対象取引の洗い出し
取引先マスタの整備
発注・検収・支払フローの見直し
契約書・発注書のひな型見直し
支払サイトの確認
振込手数料控除の廃止
手形払いの廃止
価格協議の記録化
内部監査によるモニタリング
役員・管理職・現場担当者への研修
13. 実務チェックリスト
取適法対応として、経理担当者は次の点を確認しましょう。
取適法対象となる取引先を洗い出しているか
資本金基準だけでなく従業員基準も確認しているか
特定運送委託に該当する取引を把握しているか
支払期日が受領日から60日以内になっているか
手形払いが残っていないか
電子記録債権やファクタリングの決済日が支払期日を超えていないか
振込手数料を中小受託事業者に負担させていないか
請求額と実際の支払額に不合理な差異がないか
減額処理を行う場合、合理的な理由と証跡があるか
価格協議の申入れに応じた記録を残しているか
契約書・発注書・支払条件を見直しているか
取適法対応を購買・法務・物流・内部監査と連携しているか
まとめ
取適法の施行により、経理実務には大きな影響が生じています。従業員基準の追加や特定運送委託の新設により適用対象が広がり、手形払いの禁止、振込手数料の受託者負担禁止、不当減額に対する遅延利息の対象拡大など、支払実務に直結する改正が行われました。
経理担当者にとって重要なのは、取適法を単なる法務・購買部門の規制と考えないことです。支払サイト、支払手段、振込金額、減額処理、遅延利息、取引先マスタなど、日々の経理処理そのものが取適法違反のリスクと隣り合わせになっています。
また、公正取引委員会の執行体制も強化されており、今後、取適法に基づく勧告事例や公表事例が増えていく可能性があります。
企業は、経理部門を中心にしつつも、購買、法務、物流、事業部門、内部監査、経営層が連携し、全社的な管理体制を構築することが重要です。取引先との適正な関係を維持し、価格転嫁や支払条件をめぐるトラブルを未然に防ぐためにも、早めに自社の支払実務を点検しておきましょう。
神戸での起業や開業に関するご相談、顧問税理士をお探しの方は安田亮公認会計士・税理士事務所までお問い合わせください!
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【この記事の執筆者】
安田 亮(公認会計士・税理士)
安田亮公認会計士・税理士事務所 代表
京都大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。有限責任 あずさ監査法人、株式会社神戸製鋼所での実務経験を経て、2018年に神戸市で独立。
現在は、中小企業から上場企業に対する税務顧問、決算支援、税効果会計、連結決算、新リース会計基準への対応、組織再編、補助金・助成金に関する支援などを行なっています。また、金融機関や大手企業が運営する税務・会計・経営分野のWebメディアにおいて、記事の執筆・監修にも携わっています。
事務所ブログでは、税制改正や会計基準、経営実務に関する情報を、専門用語をできるだけかみ砕き、経営者や経理担当者の方に役立つ形で解説しています。






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