退職後に支給される賞与の税務・社会保険|源泉徴収は乙欄?退職金になる?税理士が解説
更新日:9月1日
こんばんは!代表の安田です。
従業員に支給する賞与は、就業規則や給与規程で「支給対象期間」や「支給日」が定められていることが一般的です。
たとえば、夏季賞与の支給対象期間が前年10月から当年3月までで、支給日が6月であるようなケースです。
この場合、支給対象期間には在籍していたものの、賞与支給日までに退職している従業員が出ることがあります。
ここで問題になるのが、退職後に支給される賞与の源泉徴収、社会保険料、雇用保険料、法人税上の賞与引当金の取扱いです。
特に、退職後に一時金として支払うため「退職金として処理できるのではないか」と考えるケースもありますが、通常の賞与と同じ計算基準で支給されるものは、退職手当等には該当せず、給与等として取り扱う必要があります。
本日は、退職後に支給される賞与について、所得税の源泉徴収、甲欄・乙欄の判定、社会保険料・雇用保険料の取扱い、退職金との違い、会社側の実務対応を税理士の視点から解説します。
退職後に賞与を支給するケースとは
退職後に賞与を支給するケースは、実務上珍しくありません。
たとえば、次のようなケースです。
賞与の支給対象期間には在籍していた
賞与支給日前に退職した
就業規則上、支給日に在籍していなくても対象期間に在籍していれば支給対象となる
退職後に賞与額が確定し、後日支給する
このような賞与は、支給日には退職者に支払われますが、支給の原因は退職ではありません。
在職中の勤務実績や支給対象期間に対応する賞与です。
そのため、所得税や社会保険では、通常の退職金とは異なる取扱いになります。
退職後の賞与は退職金ではなく給与等
退職後に一時金として支払われると、「退職金として処理できるのではないか」と考えたくなるかもしれません。
しかし、所得税法上の退職手当等とは、退職しなかったならば支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われる給与をいいます。
国税庁の所得税基本通達でも、退職に際して、または退職後に使用者等から支払われる給与であっても、支払金額の計算基準などからみて、引き続き勤務している人に支払われる賞与等と同じ性質のものは、退職手当等には該当しないとされています。
したがって、支給対象期間や計算方法が通常の賞与と同じである場合には、退職金ではなく、給与等として源泉徴収を行う必要があります。
源泉徴収は原則として乙欄を適用する
退職後に賞与を支給する場合、源泉徴収税額の計算で特に注意したいのが、甲欄・乙欄の判定です。
給与所得者の扶養控除等申告書は、従業員がその会社を退職した時点で効力を失うものとされています。
国税庁も、退職者に対して退職後に支給期が到来する給与等を支払う場合、その給与等が在職者に支払われるものと同性質であれば退職手当等ではなく給与等として源泉徴収を行い、原則として給与所得の源泉徴収税額表の乙欄により源泉徴収税額を求めると案内しています。
つまり、退職前に扶養控除等申告書を提出していた従業員であっても、退職後に支給する賞与については、原則として甲欄ではなく乙欄で源泉徴収します。
例外的に甲欄を適用できる場合
退職後に支給する給与等は原則として乙欄ですが、例外もあります。
国税庁は、退職後その年中に給与等を支給する場合で、その退職者が他の給与等の支払者に扶養控除等申告書を提出していないことが明らかなときは、退職後も扶養控除等申告書が引き続き効力を有するものとして、甲欄で源泉徴収して差し支えないとしています。
ただし、退職者がすでに転職している場合や、新しい勤務先が決まっている場合には、転職先で扶養控除等申告書を提出している可能性が高いため、旧勤務先で甲欄を適用するのは避けるべきです。
退職後の就業状況を確認する
退職後に賞与や給与を支給することが分かっている場合、会社は退職者の就業状況を確認しておくと実務がスムーズです。
確認したいポイントは次のとおりです。
退職後に転職先が決まっているか
同じ年中に他社へ就職する予定があるか
他社へ扶養控除等申告書を提出する見込みがあるか
退職後に個人事業主になる予定か
退職後に給与収入がない見込みか
ただし、会社が退職者の就業状況を完全に把握することは難しい場合もあります。
不明な場合や、他社へ扶養控除等申告書を提出していないことが明らかでない場合には、原則どおり乙欄で源泉徴収するのが安全です。
健康保険料・厚生年金保険料は控除しない
退職後に賞与を支給する場合、社会保険料の取扱いにも注意が必要です。
健康保険料と厚生年金保険料については、退職により被保険者資格を喪失している場合、その退職後に支給される賞与から控除する必要はありません。
実務上は、給与計算ソフトが在職者と同じ処理をしてしまい、退職後支給の賞与から健康保険料や厚生年金保険料を誤って控除してしまうことがあります。
退職者への賞与支給時には、社会保険料控除の設定を個別に確認しましょう。
雇用保険料は控除対象になる
一方で、雇用保険料については取扱いが異なります。
退職後に支給される賞与であっても、それが在職中の労働の対価として支払われるものであれば、雇用保険料の対象になります。
雇用保険料については、労働の対価として支払われた賃金に対してかかるため、退職後に支給する賞与であっても負担義務が生じると説明されています。
つまり、退職後に支給する賞与については、次のように整理します。
健康保険料・厚生年金保険料:控除しない
雇用保険料:控除する
この違いは給与計算で間違えやすいポイントです。
賞与引当金と社会保険料の見積り
会計上、企業会計に即して賞与引当金を計上している会社では、賞与に対応する社会保険料等も見積計上することがあります。
この場合、退職後に支給される賞与について、健康保険料や厚生年金保険料まで見積計上する必要があるのかが問題になります。
支給時点で退職している従業員については、健康保険料・厚生年金保険料の会社負担分は発生しないため、見積計上する必要はない一方、雇用保険料は退職後支給の賞与でも対象になるため、見積りに加味する必要があると整理されています。
法人税申告では、賞与引当金やそれに対応する法定福利費の見積額は、通常、申告調整により課税所得への影響を調整します。
ただし、実際の支給時には給与計算・社会保険処理に直接影響するため、会計上の見積段階から取扱いを整理しておくことが大切です。
退職金として処理できない理由
退職後に支給される賞与を退職金として処理できれば、退職所得控除の適用により税負担が軽くなることがあります。
また、社会保険料の面でも通常の給与・賞与とは異なる取扱いになります。
しかし、支給対象期間に在籍していたことを理由に、他の在職者と同じ計算基準で支給される賞与は、退職したことに基因して支払われるものではありません。
国税庁のタックスアンサーでも、退職者に対して退職後に支給期が到来する給与等が、在職者に支払われるものと同性質であれば、退職したことに基因して支払われるものではないため、退職手当等には該当せず、給与等として源泉徴収するとされています。
退職後に支給する賞与について、計算基準等から見て、他の引き続き勤務している従業員に支払われる賞与と同性質であるものは、退職手当等に該当しないと言えます。
したがって、名称を「退職慰労金」「退職一時金」などに変えたとしても、実態が通常の賞与であれば、給与等として処理する必要があります。
退職金に該当するものとの違い
退職金に該当するかどうかは、名称ではなく実質で判断します。
退職手当等といえるためには、一般に次のような性質が必要です。
退職しなければ支払われなかったものである
退職に基因して一時に支払われるものである
退職給与規程などに基づき、勤続年数や退職事由等に応じて計算される
在職者に支給される通常の賞与とは計算基準が異なる
一方、退職後に支給される賞与は、在職中の勤務対象期間に対応し、在職者と同じ賞与計算基準に基づいて支払われるものです。
この場合、退職に基因する一時金ではなく、在職中の労務提供に対する給与等と考えます。
会社側の法人税処理
退職後に支給される賞与であっても、その性質が従業員賞与であれば、法人税上も従業員賞与として取り扱います。
会計上、賞与引当金を計上している場合、法人税では引当金繰入額を損金算入できないため、通常は申告調整が必要です。
一方、実際に賞与を支給した事業年度では、一定の要件を満たす支給済賞与として損金算入を検討します。退職後支給であること自体により、従業員賞与としての性質が失われるわけではありません。
ただし、支給対象者、支給対象期間、支給額の確定時期、支給日、就業規則上の支給条件などを確認しておく必要があります。
給与計算で確認すべきポイント
退職後に賞与を支給する場合、給与計算では通常の在職者への賞与支給とは異なる設定が必要です。特に次の点を確認しましょう。
健康保険料を控除しない設定になっているか
厚生年金保険料を控除しない設定になっているか
雇用保険料は控除しているか
源泉所得税は原則として乙欄で計算しているか
例外的に甲欄を適用する根拠があるか
退職者の転職状況を確認しているか
賞与支払届の対象に含めていないか
源泉徴収票への反映方法を確認しているか
給与計算ソフトによっては、退職者への賞与支給に対応する設定項目があります。
手入力で処理する場合は、社会保険料と源泉所得税の設定ミスに注意しましょう。
退職者へ案内しておきたいこと
退職後に賞与を支給する場合、退職者本人にも事前に説明しておくとトラブルを防ぎやすくなります。案内しておきたい内容は次のとおりです。
退職後に賞与が支給されること
退職金ではなく給与等として扱うこと
健康保険料・厚生年金保険料は控除しないこと
雇用保険料は控除されること
源泉所得税は原則として乙欄で計算されること
転職先の給与と合わせて確定申告や年末調整が必要になる可能性があること
特に乙欄で源泉徴収すると、甲欄よりも源泉徴収税額が多くなることがあります。
退職者から「税金が高いのではないか」と問い合わせを受けることもあるため、退職後支給の賞与は原則乙欄になることを説明できるようにしておきましょう。
実務で誤りやすいポイント
退職後に支給される賞与では、次のようなミスが起こりやすいです。
退職後支給なので退職金として処理している
在職者に支給される賞与と同じ計算基準で支払われるものは、退職手当等には該当しません。給与等として源泉徴収を行ないます。
扶養控除等申告書が残っているため甲欄を適用している
扶養控除等申告書は、退職時に効力を失うものとされています。
退職後に支給期が到来する給与等は、原則として乙欄で源泉徴収します。
転職先があるのに旧勤務先で甲欄を適用している
退職者が転職先で扶養控除等申告書を提出している場合、旧勤務先で甲欄を適用すると二重適用になるおそれがあります。
健康保険料・厚生年金保険料を控除している
退職後に被保険者資格を喪失している場合、退職後支給の賞与から健康保険料・厚生年金保険料を控除しません。
雇用保険料を控除していない
退職後に支給される賞与であっても、労働の対価としての賃金であれば、雇用保険料の対象になります。
退職後支給賞与のチェックリスト
退職後に賞与を支給する場合は、次の点を確認しましょう。
賞与の支給対象期間を確認した
支給対象期間に退職者が在籍していた
就業規則・給与規程上、退職後でも支給対象になる
退職金ではなく給与等として処理している
健康保険料・厚生年金保険料を控除していない
雇用保険料を控除している
源泉所得税は原則として乙欄で計算している
甲欄を適用する場合、他社へ扶養控除等申告書を提出していないことが明らかである
転職予定や退職後の就業状況を確認している
給与計算ソフトの設定を確認している
退職者へ控除内容と源泉徴収区分を説明している
まとめ:退職後に支給される賞与は「給与等」として慎重に処理する
退職後に支給される賞与は、支給日には退職者へ支払われるため、退職金のように見えることがあります。
しかし、支給対象期間に在籍していたことを理由に、他の在職者と同じ計算基準で支給される賞与は、退職したことに基因する一時金ではありません。
そのため、所得税上は退職手当等ではなく、給与等として源泉徴収を行ないます。
また、給与所得者の扶養控除等申告書は退職時に効力を失うため、退職後に支給期が到来する賞与は、原則として乙欄で源泉徴収します。
社会保険料については、退職により資格喪失しているため、健康保険料と厚生年金保険料は控除しません。
一方で、退職後に支給する賞与であっても、在職中の労働の対価として支払われるものであれば、雇用保険料は控除対象になります。
ポイントを整理すると、次のとおりです。
退職後に支給される賞与でも、在職者の賞与と同性質なら退職金ではなく給与等
給与所得者の扶養控除等申告書は退職時に効力を失う
退職後に支給期が到来する賞与は、原則として乙欄で源泉徴収する
他社へ扶養控除等申告書を提出していないことが明らかな場合は、例外的に甲欄も可
退職後の賞与から健康保険料・厚生年金保険料は控除しない
退職後の賞与であっても、労働の対価であれば雇用保険料は控除する
給与計算ソフトの設定ミスに注意する
退職金として処理できるかどうかは、名称ではなく支給原因と計算基準で判断する
退職後に賞与を支給する場合、所得税・社会保険・雇用保険で取扱いが分かれるため、給与計算ミスが起こりやすいです。
「退職後に賞与を支給する予定がある」「源泉徴収を甲欄・乙欄どちらで計算すべきか迷う」「社会保険料や雇用保険料の控除に不安がある」という場合には、支給前に税理士や社会保険労務士へ確認しておきましょう。
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【この記事の執筆者】
安田 亮(公認会計士・税理士)
安田亮公認会計士・税理士事務所 代表
京都大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。有限責任 あずさ監査法人、株式会社神戸製鋼所での実務経験を経て、2018年に神戸市で独立。
現在は、中小企業から上場企業に対する税務顧問、決算支援、税効果会計、連結決算、新リース会計基準への対応、組織再編、補助金・助成金に関する支援などを行なっています。また、金融機関や大手企業が運営する税務・会計・経営分野のWebメディアにおいて、記事の執筆・監修にも携わっています。
事務所ブログでは、税制改正や会計基準、経営実務に関する情報を、専門用語をできるだけかみ砕き、経営者や経理担当者の方に役立つ形で解説しています。






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