企業による奨学金の肩代わりは給与課税される?代理返還制度の税務と社会保険を解説
おはようございます!代表の安田です。
人手不足が続くなか、若手人材の採用や定着を目的として、従業員が学生時代に借りた奨学金の返還を支援する企業が増えています。
奨学金返還支援は、従業員にとって毎月の負担を軽減できる福利厚生制度です。企業側にとっても、採用活動でのアピールや従業員の定着につながる可能性があります。
もっとも、企業が従業員の奨学金を肩代わりした場合、その支援額が給与として所得税の課税対象になるのか、社会保険料の計算に含まれるのかは、支援方法によって異なります。
特に注目されているのが、日本学生支援機構の「企業等の奨学金返還支援(代理返還)制度」です。
この制度を利用して企業が日本学生支援機構へ直接送金する場合、一定の要件を満たせば、従業員の所得税は原則として非課税となり、社会保険料の算定対象にも含まれない取扱いとされています。
一方、企業が支援金を従業員本人へ現金で支給する場合には、原則として給与課税される可能性が高いため注意が必要です。
本日は、企業による奨学金返還支援について、所得税、社会保険、法人税の実務上のポイントを解説します。
企業の奨学金返還支援とは
企業の奨学金返還支援とは、従業員が学生時代に借りた奨学金について、その返還額の一部または全部を企業が負担する制度です。
主な支援方法には、次の二つがあります。
企業が支援額を従業員へ支給し、従業員が奨学金を返還する方法
企業が日本学生支援機構へ直接送金する代理返還方式
税務上は、どちらの方法を採用するかによって取扱いが大きく異なります。
単に社内規程で「奨学金返還支援手当」と名付ければ非課税になるわけではありません。支援金の流れや制度設計の実態に基づいて判断されます。
日本学生支援機構の代理返還制度とは
日本学生支援機構の「企業等の奨学金返還支援(代理返還)制度」は、従業員が返還している日本学生支援機構の奨学金について、企業が本人に代わって日本学生支援機構へ直接送金する制度です。
対象となるのは、日本学生支援機構の第一種奨学金や第二種奨学金などです。
従来、企業が奨学金の返還を支援する場合は、支援金をいったん従業員へ支給し、その後、従業員本人が返還する方法が中心でした。
2021年4月以降は、企業から日本学生支援機構へ直接送金できるようになっています。現在は、払込取扱票または口座振替などによって企業が代理返還を行う仕組みが設けられています。
代理返還なら従業員の所得税は原則非課税
所得税法では、学資に充てるために給付される金品は、一定のものを除き非課税とされています。
奨学金の返還支援は、すでに学費として使用された借入金を返済するものです。そのため、形式的には、支援金そのものが授業料や教材費に直接使われるわけではありません。
しかし、国税庁は、次のような条件を満たす奨学金返還支援については、非課税の学資金として取り扱って差し支えないとの考え方を示しています。
元の奨学金が、授業料、教科書代、通学費などの学資に充てられていること
支援金が、実際にその奨学金の返済に充てられること
奨学金残高を超える金額が支給されないこと
通常の給与に代えて支給するなど、給与課税を免れる目的ではないこと
日本学生支援機構の代理返還制度では、企業から同機構へ直接送金されるため、支援額が奨学金の返還以外に使用される可能性がありません。
このため、通常の給与に代えて支給するなどの事情がなければ、従業員が受ける経済的利益は、原則として非課税の学資金に該当すると考えられます。
「非課税」となるための重要な条件
代理返還制度を利用すれば、どのような制度設計でも必ず非課税になるわけではありません。特に重要なのが、「通常の給与に加算して支給されるものであること」です。
例えば、従業員の月給を30万円から28万円へ減額し、その代わりに毎月2万円を奨学金返還支援として代理返還する仕組みは、実質的に給与の振替と判断される可能性があります。
国税庁は、本来支給すべき給与を減額したうえで、その相当額を学資金として支給する場合には、給与として課税するとしています。
そのため、制度導入時には次の点を明確にしておく必要があります。
既存の基本給や手当を減額しない
給与の一部を代理返還へ振り替えない
通常の給与とは別枠の福利厚生として設ける
支援額が奨学金残高を超えないよう管理する
制度の目的や対象者を社内規程で明確にする
形式だけ代理返還にしても、実態が給与の付け替えであれば、税務上は給与課税されるおそれがあります。
従業員へ現金支給する場合は原則給与課税
企業が奨学金返還支援額を従業員の給与口座へ振り込み、従業員本人が日本学生支援機構へ返還する方法もあります。
しかし、この方法では、企業から支給された金額が本当に奨学金の返還に使われたかを客観的に確認しにくくなります。
支援金を従業員が生活費などに使用し、奨学金の返還は別の資金から行なうことも形式上は可能です。そのため、企業が従業員本人へ支給する場合には、原則として給与所得として扱い、所得税の源泉徴収を行う必要があると考えられます。
ただし、次のような事実関係を客観的に確認できる場合には、非課税の学資金として認められる余地があります。
対象となる奨学金が学資に充てられたものである
企業の支援額と実際の返還額が対応している
支援金が確実に奨学金の返還に充てられている
奨学金の残高を超えて支給していない
給与の減額や振替ではない
もっとも、企業側の確認や証拠書類の保存が必要となり、税務上の不確実性も残ります。
実務上は、日本学生支援機構への直接送金が可能であれば、代理返還制度を利用する方が、資金の使途を明確にしやすいでしょう。
代理返還と所得税の比較
企業の支援方法による一般的な所得税の取扱いは、次のように整理できます。
支援方法 | 所得税の取扱い |
企業から日本学生支援機構へ直接送金 | 一定の要件を満たせば原則非課税 |
企業から従業員へ現金支給 | 原則として給与課税 |
給与を減額し、その分を代理返還 | 給与課税される可能性が高い |
奨学金残高を超える支援 | 超過部分は給与課税の可能性 |
学資目的でないローンの返済支援 | 非課税学資金には原則該当しない |
実際の課税関係は、制度の名称ではなく、支給方法や契約内容などの実態によって判断されます。
代理返還は社会保険料の対象にも原則含まれない
企業が従業員の奨学金を代理返還した場合、所得税だけでなく、健康保険や厚生年金保険の標準報酬月額への影響も問題になります。
厚生労働省は、企業が代理返還制度を利用し、給与とは別に日本学生支援機構へ直接送金する返還金については、原則として社会保険上の「報酬等」に該当しないとしています。
その理由は、代理返還額が奨学金の返済に使われることが明らかであり、従業員の日常生活費に自由に使える金銭ではないためです。
一方、企業が返還支援額を従業員本人へ支給する場合には、使途が奨学金返還に限定されていることが明らかではないため、社会保険上の報酬に含まれるとされています。
したがって、一般的な取扱いは次のようになります。
支援方法 | 標準報酬月額への算入 |
日本学生支援機構へ直接送金 | 原則として含めない |
従業員へ現金支給 | 原則として含める |
給与の一部を代理返還へ振替 | 報酬と判断される可能性あり |
代理返還方式は、従業員に所得税や社会保険料の追加負担が生じにくいという点でも、大きなメリットがあります。
雇用保険・労働保険の取扱いも確認が必要
健康保険や厚生年金の「報酬」と、雇用保険の「賃金」は、必ずしも同じ範囲ではありません。
代理返還額について雇用保険料や労災保険料の算定基礎に含めるかどうかは、支援制度の内容や支給実態を踏まえて個別に確認する必要があります。
社内規程上、労働の対価として支給されるものと位置付けられている場合や、給与に代えて支援する仕組みの場合には、賃金として扱われる可能性があります。
制度導入時には、税務だけでなく、社会保険労務士などにも確認しておくと安心です。
企業側では給与等として損金算入できる
企業が従業員の奨学金を代理返還した金額は、従業員のために負担する給与等として、原則として法人税上の損金に算入できると考えられます。
従業員側で所得税が非課税になることと、企業側で損金算入できることは両立します。
日本学生支援機構も、代理返還額は企業側で給与として損金算入され、一定の要件を満たす場合には賃上げ促進税制の対象となる給与等の支給額に該当し得ると案内しています。
ただし、役員本人に対する支援や、役員・従業員の親族だけを対象とする制度などについては、通常の従業員向け制度とは異なる税務上の問題が生じる可能性があります。
賃上げ促進税制の対象になる可能性もある
企業の奨学金代理返還額は、一定の場合、賃上げ促進税制における給与等の支給額に含まれる可能性があります。
賃上げ促進税制は、一定の賃上げを行なった企業について、増加した給与等の一部を法人税から控除できる制度です。
代理返還額が給与等として扱われれば、企業側では次のような効果が考えられます。
代理返還額を損金算入できる
給与等支給額の増加判定に含まれる可能性がある
要件を満たせば法人税の税額控除につながる可能性がある
ただし、賃上げ促進税制の適用可否は、企業規模、雇用者給与等支給額の増加率、教育訓練費、従業員の範囲などによって異なります。
代理返還制度を導入したからといって、自動的に税額控除を受けられるわけではありません。
消費税の仕入税額控除は原則できない
企業が日本学生支援機構へ送金する代理返還額は、商品の購入やサービスの提供に対する対価ではありません。
従業員の奨学金債務を企業が負担するものであるため、原則として消費税の課税仕入れには該当せず、仕入税額控除の対象にはなりません。
会計処理では福利厚生費や給与手当などの科目を使用することが考えられますが、消費税区分は不課税取引として処理するのが一般的です。
なお、代理返還に伴う送金手数料などについては、支払先や取引内容に応じて消費税区分を別途確認する必要があります。
代理返還制度を導入するメリット
採用活動でアピールできる
奨学金を返還している若手人材にとって、毎月の返還負担は決して小さくありません。
企業が返還を支援する制度は、求人票や採用サイトで訴求しやすく、給与額だけでは差別化しにくい中小企業にとっても有効な福利厚生となり得ます。
若手従業員の定着につながる
奨学金返還支援を一定の勤続期間と組み合わせることにより、従業員の長期的な定着につながる可能性があります。
ただし、退職時に過去の支援額を一括返還させるなど、過度に退職を制限する制度は、労働法上の問題が生じるおそれがあります。
制度設計に当たっては、税務だけでなく労務上の妥当性にも注意が必要です。
従業員の手取り効果が高い
同額の支援を通常の手当として給与に上乗せすると、所得税や社会保険料が差し引かれます。代理返還が所得税非課税かつ社会保険料の算定対象外となれば、従業員にとっては、通常の給与加算よりも実質的な効果を感じやすい制度になります。
制度導入時に社内規程へ定めたい事項
代理返還制度を導入する場合には、対象者や支援内容を明確にした社内規程を作成することが重要です。少なくとも、次の事項を定めておくとよいでしょう。
制度の目的
対象となる従業員
対象となる奨学金
支援開始の要件
毎月または年間の支援上限額
支援期間
休職・育児休業中の取扱い
退職時の取扱い
奨学金完済時の取扱い
必要書類の提出義務
奨学金残高の確認方法
不正申請があった場合の取扱い
給与の減額や振替ではないこと
対象者を限定する場合には、合理的な基準を設ける必要があります。
例えば、正社員だけを対象とするのか、契約社員や短時間労働者を含めるのか、入社時期や年齢による制限を設けるのかを検討します。
導入時に保存しておきたい書類
税務調査や社会保険の調査に備え、次のような資料を保存しておくことが望ましいでしょう。
奨学金返還支援規程
従業員からの利用申請書
日本学生支援機構の奨学生番号等を確認した資料
奨学金の残高が分かる書類
代理返還の利用申請資料
毎月の送金明細
日本学生支援機構の受領記録
給与を減額していないことが分かる賃金台帳
対象者と支援額を管理する一覧表
取締役会や社内決裁の資料
就業規則や福利厚生規程
従業員の個人情報を取り扱うため、奨学生番号や返還残高などの管理方法にも注意が必要です。
具体例で見る税務上の違い
<例1:企業が日本学生支援機構へ毎月2万円を直接送金>
従業員の給与は月額30万円で、企業がこれとは別に毎月2万円を日本学生支援機構へ直接送金します。
給与の減額はなく、支援額は奨学金残高の範囲内です。
この場合、代理返還額は、原則として従業員の所得税が非課税となり、健康保険・厚生年金の報酬にも含まれないと考えられます。
<例2:毎月2万円を奨学金返還手当として本人へ支給>
企業が給与と一緒に2万円を従業員の預金口座へ振り込み、従業員本人が奨学金を返還します。
この場合、支援額の使途が奨学金返還に限定されていることが明確ではないため、原則として給与所得として源泉徴収の対象となり、社会保険料の報酬にも含まれると考えられます。
<例3:基本給を2万円減額して同額を代理返還>
従業員の基本給を30万円から28万円へ減額し、差額の2万円を日本学生支援機構へ直接送金します。
形式上は代理返還ですが、実質的には給与の一部を付け替えたものです。
この場合、非課税の学資金とは認められず、給与課税されることとなります。
まとめ
企業による奨学金返還支援は、採用力の強化や若手従業員の定着に活用できる福利厚生制度です。
日本学生支援機構の代理返還制度を利用し、企業が同機構へ直接送金する場合には、一定の要件を満たすことで、従業員側の所得税は原則として非課税となります。
また、給与とは別に直接送金する場合には、健康保険・厚生年金の標準報酬月額の算定対象にも、原則として含まれません。
一方、企業が支援金を従業員本人へ支給する場合には、原則として給与課税され、社会保険料の算定対象にも含まれると考えられます。
制度導入時には、次の点が重要です。
企業から日本学生支援機構へ直接送金する
通常の給与とは別枠で支援する
基本給や手当を減額して振り替えない
奨学金残高を超えて支援しない
社内規程と必要書類を整備する
所得税、社会保険、法人税を一体で確認する
制度の名称だけで課税関係が決まるわけではありません。実際の資金の流れや給与との関係によって取扱いが変わるため、導入前に税理士や社会保険労務士へ相談することをおすすめします。
神戸での起業や開業に関するご相談、確定申告にお困りの方、顧問税理士をお探しの方は安田亮公認会計士・税理士事務所までお問い合わせください!
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【この記事の執筆者】
安田 亮(公認会計士・税理士)
安田亮公認会計士・税理士事務所 代表
京都大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。有限責任 あずさ監査法人、株式会社神戸製鋼所での実務経験を経て、2018年に神戸市で独立。
現在は、中小企業から上場企業に対する税務顧問、決算支援、税効果会計、連結決算、新リース会計基準への対応、組織再編、補助金・助成金に関する支援などを行なっています。また、金融機関や大手企業が運営する税務・会計・経営分野のWebメディアにおいて、記事の執筆・監修にも携わっています。
事務所ブログでは、税制改正や会計基準、経営実務に関する情報を、専門用語をできるだけかみ砕き、経営者や経理担当者の方に役立つ形で解説しています。






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