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のれんの非償却、ASBJへの提言を見送り|今後の会計実務への影響を解説

執筆者の写真: 安田亮
安田亮
11 時間前
読了時間: 10分

おはようございます!代表の安田です。


M&Aによって発生する「のれん」を、取得後も償却せず、減損が生じた場合にのみ損失を計上する会計処理を日本基準にも導入するかどうかが議論されていました。


しかし、財務会計基準機構(FASF)の企業会計基準諮問会議は、2026年7月27日に開催した会議において、のれんの非償却を企業会計基準委員会(ASBJ)の新規検討テーマとして提言しないことを決定しました。


また、企業が「償却」と「非償却」のいずれかを選択できる制度についても、ASBJへの提言は見送られています。


今回の決定により、日本基準における「のれんを一定期間にわたって償却する」という基本的な会計処理は、当面維持されることになります。


もっとも、今回の議論は単に現行制度を維持して終わるわけではありません。今後は、のれんの償却期間や償却方法、のれん償却前営業利益の表示など、実務上の課題について追加の検討が行われる可能性があります。


本記事では、今回の決定内容と、企業の会計実務に与える影響を公認会計士が分かりやすく解説します。


今回の決定内容を一覧で整理

企業会計基準諮問会議で示された方向性を整理すると、次のとおりです。

検討項目

今回の結論・方向性

のれんの非償却の導入

ASBJに提言しない

償却と非償却の選択制

ASBJに提言しない

現行の償却処理

基本的な枠組みを維持

のれんの償却期間

考え方を明確化できるか検討

のれんの償却方法

定額法以外の合理的な方法を含めて検討する可能性

のれん償却前営業利益

情報提供の見直しが会計基準の改善につながるか検討

無形資産の会計基準

過去の検討状況を整理

重要なのは、今回決定されたのは、企業会計基準諮問会議が非償却の導入をASBJに提言しないことです。


ASBJが非償却を採用する会計基準を公表したわけでも、現行の会計基準が今回の会議によって直接改正されたわけでもありません。


なぜ「のれんの非償却」が提案されていたのか

のれんは、企業買収において支払った取得対価が、取得した企業の識別可能な純資産額を上回る場合に発生します。


簡略化すると、次のようなイメージです。


のれんには、買収先企業のブランド力、顧客基盤、技術力、人材、将来の収益力など、個別の資産として認識することが難しい価値が含まれていると考えられます。


日本基準では、のれんを資産として計上した後、一定の期間にわたって償却することが基本的な会計処理となっています。そのため、多額ののれんが発生するM&Aでは、買収後の各事業年度に償却費が計上され、営業利益などを押し下げることがあります。


こうした点を背景として、2025年7月に、主に次の内容が検討テーマとして提案されました。

  • のれんを償却せず、減損が生じた場合に損失を計上する会計処理の導入

  • のれん償却費を計上する損益計算書上の区分の変更


特に、成長企業やスタートアップ企業のM&Aでは、のれんの償却費が買収後の利益を大きく押し下げ、M&Aの実行を阻害しているのではないかという問題意識が示されていました。


非償却の導入が見送られた理由

企業会計基準諮問会議では、約1年にわたって、のれんの非償却をASBJの新規検討テーマとすべきか審議してきました。


情報要請文書に寄せられたコメントや公聴会での意見などを分析したものの、現行の償却処理を変更するほどの十分な論拠は得られなかったとされています。

議論では、主に次のような考え方が示されました。


1.償却処理にも有用性がある

のれんを一定期間にわたって償却する方法は、企業がM&Aによって取得した投資額を、その効果が及ぶ期間に配分する処理と考えることができます。

このため、償却処理の方が企業の経済的な実態を適切に表し、財務諸表利用者に有用な情報を提供できるという意見がありました。


2.選択制では企業間比較が難しくなる

同じようなM&Aを行なった企業であっても、一方が償却を選択し、もう一方が非償却を選択すると、利益の金額に大きな差が生じます。企業ごとに異なる処理を選択できる制度は、財務諸表の比較可能性を損なうおそれがあります。

このため、日本基準の中で「償却」と「非償却」の選択を認める方法についても、導入は難しいと判断されました。


3.現行基準を変更するほどの根拠が確認できなかった

公聴会などを通じてさまざまな意見が寄せられたものの、償却を基本とする現在の会計処理を変更するまでの根拠は得られませんでした。

以上を踏まえ、非償却の導入と選択制の導入は、いずれもASBJに提言しないこととなりました。


今後の焦点は「償却期間」と「償却方法」

非償却の導入は見送られましたが、現在の償却実務にまったく課題がないと判断されたわけではありません。


今後、ASBJに対して、のれんの償却期間や償却方法に関する考え方を明確化することで、実務上の課題に対応できるか検討するよう提言される予定です。


償却期間に関する課題

実務では、M&Aによる投資の回収期間などを参考に、のれんの償却期間を決定することがあります。しかし、将来の成長が期待され、早期に投資を回収できる有望な案件ほど、投資回収期間が短く見積もられる場合があります。


その結果、収益性の高い案件ほど、のれんの償却期間が短くなり、毎期の償却費が大きくなるという、やや直感に反する結果が生じる可能性が指摘されています。


今後、償却期間を決定する際に、どのような要素を考慮すべきかが明確化されれば、企業ごとの判断のばらつきが抑えられる可能性があります。


一方で、細かなルールを設けすぎると、企業ごとのM&Aの実態に応じた判断が難しくなります。そのため、新たなガイダンスが実務を過度に拘束しないよう、慎重に検討すべきとの意見もあります。


定額法以外の償却方法も検討対象となる可能性

のれんの償却方法については、定額法以外の合理的な方法を検討することも考えられています。


M&Aによって得られる収益や経済的効果は、毎期均等に発生するとは限りません。

例えば、買収直後に大きな相乗効果が見込まれ、その後は効果が徐々に低下するケースでは、毎期同額を償却する方法が経済的な実態と必ずしも一致しない可能性があります。


ただし、定額法以外の方法を認める場合には、企業が恣意的に利益を調整することがないよう、客観的かつ合理的な根拠が必要です。


今後の検討では、経済的な実態を適切に表すことと、会計処理の客観性や比較可能性を確保することの両立が課題になると考えられます。


「のれん償却前営業利益」の表示も検討へ

もう一つの重要な論点が、のれん償却前営業利益に関する情報提供です。


日本基準において、のれんの償却費は営業費用として処理されるため、のれんの金額が大きい企業では、営業利益が大きく押し下げられることがあります。


そこで、通常の営業利益に加えて、のれん償却費を加算した利益を示すことで、のれん償却の影響を分かりやすくする方法が考えられています。

利益指標

内容

営業利益

のれん償却費を営業費用に含めた利益

のれん償却前営業利益

営業利益にのれん償却費を加算した利益

主な目的

M&A後の事業そのものの収益力と、のれん償却の影響を区分して示す

のれん償却前営業利益を示すことで、投資家などの財務諸表利用者は、買収した事業の収益力を把握しやすくなる可能性があります。


一方で、すべての企業に表示を義務付けることには慎重な意見もあります。

今後は、のれん償却前営業利益に関する情報提供の見直しが、会計基準の改善につながるかどうかが検討されます。改善につながると判断された場合には、具体的な会計基準の開発が行われる可能性があります。


無形資産の会計基準は別の論点として整理

今回の会議では、のれんだけでなく、無形資産に関する会計基準の開発についても関心が寄せられました。


ただし、無形資産の会計基準については、のれんに関する今回の提言とは切り離して検討されます。まずは、無形資産について過去にどのような議論や検討が行われてきたのかを事務局が整理し、その内容が今後の会議で示される予定です。


デジタル技術、ソフトウェア、ブランド、顧客関係など、企業価値を構成する無形の要素は年々重要になっています。


今後、無形資産の認識や測定に関する議論が進めば、M&A時の取得原価の配分や、のれんとして計上される金額にも影響する可能性があります。


企業が現時点で対応すべきこと

今回の決定を受けて、企業が直ちにのれんの会計処理を変更する必要はありません。

現時点では、これまでどおり、現行の会計基準に基づいて、のれんの償却期間や償却方法を検討することになります。


ただし、M&Aを行っている企業や今後M&Aを予定している企業は、次の点を改めて確認しておくことが重要です。


1.償却期間の根拠を明確にする

償却期間をどのように決定したのかについて、投資回収期間、事業計画、取得した事業の収益構造などとの関係を説明できるようにしておく必要があります。


2.事業計画と償却期間の整合性を確認する

M&A時に作成した事業計画と、のれんの償却期間との間に不整合がないか確認します。

事業計画を変更した場合には、当初の判断に使用した前提が現在も妥当か検討することも重要です。


3.減損の兆候を適切に把握する

のれんを償却している場合であっても、買収した事業の業績が悪化した場合などには、減損処理が必要になることがあります。

買収後の実績と事業計画を定期的に比較し、減損の兆候を早期に把握できる管理体制を整えておく必要があります。


4.のれん償却前の利益情報を管理する

今後、のれん償却前営業利益に関する表示や情報提供が見直される可能性があります。

現時点でも、経営管理や投資家への説明のため、のれん償却前の利益を社内で把握している企業は少なくありません。


営業利益との調整内容や、使用している利益指標の定義を整理しておくと、今後の開示制度の変更にも対応しやすくなります。


まとめ

企業会計基準諮問会議は、のれんの非償却と、償却・非償却の選択制について、ASBJに提言しないことを決定しました。


そのため、日本基準における「のれんを一定期間にわたって償却する」という基本的な会計処理は、当面維持されることになります。


一方で、今後は次の事項が検討される予定です。

  • のれんの償却期間に関する考え方の明確化

  • 定額法以外を含む償却方法の検討

  • のれん償却前営業利益に関する情報提供の見直し

  • 無形資産の会計基準に関する過去の検討状況の整理


今回の決定は、のれんをめぐる議論の終了ではありません。むしろ、非償却を導入するかどうかという大きな論点から、現在の償却処理をどのように改善するかという、より実務的な議論へ移ったと考えられます。


M&Aを積極的に行っている企業は、今後のASBJの検討状況を注視するとともに、自社における償却期間の根拠や、のれん償却前の利益情報を改めて整理しておくことが重要です。



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【この記事の執筆者】

安田 亮(公認会計士・税理士)

安田亮公認会計士・税理士事務所 代表

京都大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。有限責任 あずさ監査法人、株式会社神戸製鋼所での実務経験を経て、2018年に神戸市で独立。

現在は、中小企業から上場企業に対する税務顧問、決算支援、税効果会計、連結決算、新リース会計基準への対応、組織再編、補助金・助成金に関する支援などを行なっています。また、金融機関や大手企業が運営する税務・会計・経営分野のWebメディアにおいて、記事の執筆・監修にも携わっています。

事務所ブログでは、税制改正や会計基準、経営実務に関する情報を、専門用語をできるだけかみ砕き、経営者や経理担当者の方に役立つ形で解説しています。


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