金融庁「2026事務年度 金融行政方針」を解説|有報の記載事項整理・人的資本開示・監査強化がポイント
おはようございます!代表の安田です。
金融庁は2026年9月15日、「2026事務年度の金融行政方針」を公表しました。
会計・監査・企業開示に関する主な内容として、有価証券報告書の記載事項の整理、複数の開示書類における重複の解消、人的資本開示の高度化、監査法人に対するモニタリングの強化などが盛り込まれています。
近年、上場会社の開示制度については、情報量を単純に増やすだけでなく、「投資家に有用な情報を提供しつつ、企業側の開示負担をどう合理化するか」という観点が重要になっています。
今回の金融行政方針でも、企業と投資家の建設的な対話を促進することが大きなテーマとなっています。
本記事では、2026事務年度の金融行政方針のうち、企業の経理・財務・IR・監査実務に関係するポイントを公認会計士が解説します。
2026事務年度の金融行政方針とは
金融行政方針は、金融庁がその事務年度に重点的に取り組む政策や監督・制度整備の方向性を示すものです。
今回の2026事務年度の方針では、7月に内閣官房が公表した「成長投資を促進するための金融戦略―資産運用立国のアップグレード―」との重複を避けながら、補完が必要な項目を中心に整理されています。
企業開示や監査に関係する主なテーマは、次のとおりです。
テーマ | 主な方向性 |
企業と投資家の対話 | 建設的な対話を一層促進 |
有価証券報告書 | 記載事項の整理を検討 |
開示書類 | 書類間の重複解消を検討 |
人的資本 | 開示の高度化を促進 |
社債市場 | 取引情報報告・公表システムの高度化 |
監査 | CPAAOBによる監査法人モニタリングを強化 |
金融庁業務 | 生成AI等の積極活用 |
それぞれ確認していきます。
1.有価証券報告書の記載事項を整理へ
企業実務への影響が特に大きいのが、有価証券報告書の記載事項の整理です。
金融庁は、
投資家にとって有用な情報開示
企業にとって効率的な開示実務
の両立を図る観点から、有価証券報告書の記載事項を整理するとともに、開示書類間の重複解消に向けた検討を進める方針を示しています。
現在の上場会社では、
有価証券報告書
事業報告
決算短信
コーポレート・ガバナンス報告書
統合報告書等
などの複数の媒体で類似情報を開示する場合があります。
今回の金融行政方針では、このような開示のあり方を見直し、投資家に必要な情報を維持しながら企業側の重複作業をどこまで減らせるかが重要な論点になると考えられます。
年内にも議論を取りまとめる方向
有価証券報告書の記載事項整理については、金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループで議論が行なわれています。
有報の記載事項整理については2026年中にも議論をまとめる方向とされています。
したがって、上場会社の開示担当者にとっては比較的近い時期に方向性が具体化する可能性のあるテーマです。
今後は、
どの項目を整理するのか
他の開示書類とどう役割分担するのか
記載事項そのものを削減するのか
他書類の情報を参照する仕組みを利用するのか
など、具体的な制度設計を確認する必要があります。
2.「開示を減らす」こと自体が目的ではない
有価証券報告書の整理というと、開示項目を減らして企業負担を軽くするという印象を持つかもしれません。
しかし今回の資料では、「投資家にとって有用な情報開示」と「企業の効率的な開示実務」の両立が掲げられています。
したがって、単純に開示量を減らすことではなく、重複をなくし、本当に重要な情報へ企業も投資家も集中できる仕組みにするという視点で考える必要があります。
企業側でも、今後は「何ページ開示しているか」より、
企業価値との関係が分かるか
経営戦略と情報がつながっているか
同じ説明を複数書類で繰り返していないか
といった視点がより重要になる可能性があります。
3.人的資本開示の「高度化」を促進
今回の金融行政方針では、企業による人的資本開示の高度化を促進することも盛り込まれています。
ここで使われているのは、「人的資本開示を新しく始める」ではなく、**「高度化」**という表現です。
企業にとっては、既存の人的資本情報について、
経営戦略との関係
人材戦略との関係
KPIの意味
投資家にとっての有用性
などを改めて確認する必要性が高まると考えられます。
ただし、今回の添付資料では、人的資本について新たにどの指標を義務付けるかなど、具体的な追加開示項目までは示されていません。
人的資本開示は「数字を並べるだけ」から次の段階へ
従業員数
女性管理職比率
男女間賃金差異
研修時間
など、定量データに注目が集まりがちです。
一方、今回の金融行政方針が掲げる「高度化」を考えると、実務上は単に数値を追加するだけではなく、「なぜその人的資本施策が中長期的な企業価値向上につながるのか」を説明できるようにしておくことが重要になってくると考えられます。
例えば、自社の人的資本開示について、
確認事項 | チェックポイント |
経営戦略 | 人材戦略と経営戦略がつながっているか |
KPI | なぜその指標を重視するのか説明できるか |
実績 | 目標と実績の差を説明しているか |
投資 | 人材投資額だけでなく成果を説明できるか |
課題 | 良い情報だけでなく課題も示しているか |
といった点を確認することが考えられます。
これは添付資料に具体的な開示要件として記載されたものではなく、人的資本開示の高度化に備えるための実務上の整理です。
4.企業と投資家の「建設的な対話」を重視
2026事務年度の金融行政方針では、企業と投資家の建設的な対話を一層促進することが掲げられています。
金融庁は、中長期的な企業価値向上のためには、
企業の成長段階
事業の特性
に応じた資金が円滑に供給されることに加え、企業と投資家との間で建設的な対話が行われることが重要と指摘しています。
つまり、今回の有報整理や人的資本開示も、
「何を開示するか」だけでなく、「その情報を使って投資家とどのような対話を行うか」
という目的から考える必要があります。
5.資本市場の規制・市場監視も強化へ
金融庁は、企業と投資家の建設的な対話を促進する観点から、現在の制度や諸外国との規制差を把握し、中長期的な企業価値向上に向けて資本市場の規制、市場監視機能、執行力の強化を検討するとしています。
この検討について「濫用的アクティビズムへの対応」を念頭に置いているとされています。
また、関連する提言では、大量保有報告事案について証券取引等監視委員会に専門チームを構築することなども挙げられていると紹介されています。
上場会社にとっては、開示制度の効率化だけでなく、資本市場の透明性・公正性を高める方向の監視強化も同時に進んでいる点に注意が必要です。
6.監査法人に対するモニタリングも強化
監査分野でも重要な方針が示されています。
公認会計士・監査審査会(CPAAOB)が行なう監査法人へのモニタリングについて、監査法人の規模に応じ、オンサイトとオフサイトをより連動させた対応を行なう方針です。
整理すると、
方法 | 概要 |
オンサイト | 監査法人に対する検査 |
オフサイト | JICPAの品質管理レビュー結果の審査等 |
今後 | 法人規模に応じ両者をより連動 |
という方向になります。
さらに、個別企業の財務諸表監査について、監査法人等による虚偽証明等の疑義がある場合には検証を行なう方針も掲げられています。
7.重大な監査不備への検証を継続
添付資料によれば、CPAAOBは2026年に入り、監査法人2社について、重大な虚偽のある財務書類を、重大な虚偽のないものとして証明したとして処分勧告を行っています。
今回の金融行政方針でも、資本市場の信頼性を高める観点から、今後も虚偽証明等の疑義がある場合には検証していくとされています。
したがって、監査法人側では、
品質管理
リスク評価
職業的懐疑心
個別監査の監査手続
について、一層厳格な対応が求められる可能性があります。
監査を受ける企業側にとっても、監査法人への資料提出や重要論点の共有を形式的な作業と考えず、監査人と適切なコミュニケーションを行うことが重要です。
8.社債市場の情報インフラも見直し
金融行政方針では、社債についても、取引情報報告・発表システムの高度化・柔軟化を進める方針が示されています。
金融庁は、日本では社債市場の発行体・投資家の裾野が十分広がっていないことや、株式市場が資金調達に十分活用されていないことを課題として挙げています。
つまり、企業の成長資金を銀行借入だけでなく、株式・社債を含む資本市場から円滑に調達できる環境を整えることも今回の政策の一つです。
9.金融庁自身も生成AIを積極活用
今回の金融行政方針では、金融庁自身の業務についても生成AIの積極的な活用が掲げられています。
具体例として、市場監視の業務プロセス全体についてAI等の技術活用を進め、効率化できる領域を洗い出すほか、人材育成や資源配分の最適化も検討するとされています。
現時点で具体的にどのような市場監視業務へ生成AIを利用するかまでは、添付資料では示されていません。
ただ、企業側でも生成AIによる開示資料作成が広がる一方、規制当局側でもAI活用が進むという点は、今後の開示・市場監視を考えるうえで注目されます。
2026事務年度の重要ポイントを一覧で整理
分野 | 金融庁の主な方針 | 企業側で注目したい点 |
有価証券報告書 | 記載事項を整理 | 開示内容の変更 |
開示書類 | 重複を解消 | 作成プロセスの効率化 |
人的資本 | 開示高度化を促進 | 人材戦略と開示の整合 |
投資家との対話 | 建設的な対話を促進 | IRとの一体化 |
資本市場 | 規制・監視・執行力を検討 | 市場ルールへの対応 |
社債 | 情報システム高度化 | 資金調達環境 |
監査 | モニタリング強化 | 監査品質への要求 |
AI | 金融庁自身も活用 | 市場監視の高度化 |
上場会社が今から確認しておきたいこと
現時点では具体的な制度改正が確定していない項目もありますが、上場会社では次のような準備が考えられます。
① 開示資料の重複を洗い出す
有報、事業報告、ガバナンス報告書等に同じ情報を何度も記載していないか確認します。
② 人的資本開示を再点検する
単なるKPI一覧ではなく、経営戦略との関係を説明できるか確認します。
③ 開示とIRを分離しすぎない
法定開示をコンプライアンス対応だけで終わらせず、投資家との対話でどのように活用するかを考えます。
④ 監査人との情報共有を確認する
重要な会計論点や特殊取引が監査法人へ適時に共有されているか確認します。
⑤ 今後の制度改正をフォローする
特に有価証券報告書の記載事項整理については、年内にも議論がまとめられる方向であるため、今後の公表内容を継続的に確認する必要があります。
企業向けチェックリスト
確認項目 | チェック |
有報と他の開示書類の重複を把握している | □ |
人的資本KPIと経営戦略がつながっている | □ |
人的資本開示の課題を把握している | □ |
開示情報をIRで活用している | □ |
投資家との対話内容を経営へフィードバックしている | □ |
重要な会計論点を監査法人と早期共有している | □ |
監査対応が形式的になっていない | □ |
有報記載事項の制度改正をフォローしている | □ |
生成AIを利用した開示作成時のレビュー体制がある | □ |
まとめ
金融庁が公表した2026事務年度の金融行政方針では、企業の開示・監査に関して複数の重要なテーマが示されました。
主なポイントは次のとおりです。
有価証券報告書の記載事項を整理
複数の開示書類間の重複解消を検討
人的資本開示の高度化を促進
企業と投資家との建設的な対話を重視
資本市場の規制・市場監視・執行力の強化を検討
社債取引情報システムを高度化
CPAAOBによる監査法人モニタリングを強化
虚偽証明等の疑義がある個別監査について検証
金融庁自身も生成AIを積極活用
今回の方針から読み取れる大きな方向性は、企業に開示を増やすこと自体を求めるのではなく、「投資家にとって有用な情報」を中心に開示制度を整理し、企業と投資家の対話につなげようとしていることです。
特に有価証券報告書については、記載事項の整理を2026年中にも取りまとめる方向とされており、今後具体的な変更内容が示される可能性があります。
上場会社の経理・財務・IR部門では、有報だけを単独で見るのではなく、事業報告、ガバナンス報告書、人的資本開示、IR資料まで含めて、どの情報をどこで、どのような目的で開示しているのかを整理しておくことが重要です。
神戸での起業や開業に関するご相談、確定申告にお困りの方、顧問税理士をお探しの方は安田亮公認会計士・税理士事務所までお問い合わせください!
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【この記事の執筆者】
安田 亮(公認会計士・税理士)
安田亮公認会計士・税理士事務所 代表
京都大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。有限責任 あずさ監査法人、株式会社神戸製鋼所での実務経験を経て、2018年に神戸市で独立。
現在は、中小企業から上場企業に対する税務顧問、決算支援、税効果会計、連結決算、新リース会計基準への対応、組織再編、補助金・助成金に関する支援などを行なっています。また、金融機関や大手企業が運営する税務・会計・経営分野のWebメディアにおいて、記事の執筆・監修にも携わっています。
事務所ブログでは、税制改正や会計基準、経営実務に関する情報を、専門用語をできるだけかみ砕き、経営者や経理担当者の方に役立つ形で解説しています。






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