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人的資本開示は「投資額」から「投資効果」へ|有価証券報告書のKPI設定と具体的な説明方法を解説

執筆者の写真: 安田亮
安田亮
8 分前
読了時間: 12分

おはようございます!代表の安田です。


上場会社の有価証券報告書では、人的資本に関する開示の重要性が高まっています。

2026年3月期からは、人材戦略と経営戦略のつながりなどについても開示が求められるようになり、企業が説明すべき内容は当初よりも充実しています。


こうしたなか、投資家が企業に求める情報も変化しています。

従来は、「従業員の教育や人材育成にいくら投資しているのか」という点が注目されることが多かったものの、近年では、「その投資によって、実際にどのような効果があったのか」

という質問が増えているとされています。


そのため、人的資本開示では、研修費用や研修時間などの情報を単に並べるだけではなく、それらの取組みが経営戦略の実現にどのようにつながるのかを具体的に説明することが重要です。


本日は、人的資本開示における投資効果の考え方、KPIの選定方法、りそなホールディングスの先行事例、経理・財務部門が関与する際の実務上のポイントについて、公認会計士が解説します。


人的資本開示は2026年3月期からさらに充実

有価証券報告書における人的資本開示の義務化が始まってから、数年が経過しました。

当初は、女性管理職比率などの指標や人材育成に関する取組みを開示することが中心でしたが、開示制度は段階的に充実しています。


2026年3月期からは、人材戦略と経営戦略のつながり等についても開示が求められています。


企業は、単に人的資本に関する情報を集めるだけでなく、その情報が企業の成長戦略とどのような関係にあるのかを整理する必要があります。


<人的資本開示の考え方の変化>

観点

従来重視されてきた情報

今後さらに重要となる情報

人材投資

研修費用・教育投資額

投資による人材能力の変化

人材育成

研修時間・受講者数

必要なスキルの習得状況

従業員

人員数・構成比率

従業員の意識や行動の変化

人材戦略

具体的な人事施策

経営戦略とのつながり

投資効果

投資実績の説明

戦略に対する進捗や成果

上表の右列は、資料で示された投資家の関心の変化を踏まえ、実務上の説明例として整理したものです。


投資家の関心は「いくら使ったか」から「効果があったか」へ

今回の資料では、ある企業の担当者の話として、近年は人的資本投資の金額だけでなく、投資の効果について質問される機会が増えていることが紹介されています。


例えば、企業が、「従業員の研修費用を前年度より20%増やしました」と説明した場合を考えます。


人材育成に積極的であることは伝わりますが、それだけでは研修による効果までは分かりません。

投資家が知りたいのは、その先にある成果です。

例えば、

  • 研修によって必要な専門スキルを持つ従業員が増えたのか

  • 新しい事業やサービスの開発につながったのか

  • 従業員の主体性や生産性は向上したのか

という点です。


つまり、人的資本開示では、投資実績とその後の変化を関連付けて説明することが重要になります。


人的資本開示では「インプット・アウトプット・アウトカム」を区別する

人的資本への投資効果を整理する方法として、インプット・アウトプット・アウトカムという考え方が参考になります。

区分

意味

人的資本に関する例

インプット

投入した経営資源

研修費用、研修時間、採用費用

アウトプット

施策による直接的な結果

研修受講者数、資格取得者数

アウトカム

施策によって実現を目指す変化

従業員の行動変容、必要スキルの充足、業務改善

経営成果

経営戦略上の成果

新規事業の進展、生産性の改善、顧客価値の向上

例えば、DX人材の育成に力を入れている企業であれば、

「研修費用を増やした → DX人材が増えた → 業務改革が進んだ → 経営戦略の実現に貢献した」

という関係を説明できると、取組みの意味が伝わりやすくなります。


ただし、研修によって業績が改善したことを厳密に証明するのは容易ではありません。

人的資本開示では、因果関係を断定するのではなく、各指標の推移や施策との関係を合理的に説明することも重要です。


最も重要なのは「経営戦略と人材戦略のつながり」

人的資本への投資効果を説明するうえで、経営戦略と人材戦略のつながりを示し、その進捗状況を説明するための指標を丁寧に選定することが重要とされています。


この考え方を実務に当てはめると、まず経営戦略を明確にする必要があります。


例えば、企業の中期経営計画で、「海外事業の拡大」を掲げているとします。

その場合、必要となる人材戦略としては、海外事業を担える人材の育成や採用などが考えられます。


そして、人的資本KPIも、その戦略に沿って設定します。


<経営戦略から人的資本KPIを設定する例>

経営戦略

人材戦略

人的資本KPIの例

海外事業の拡大

海外事業を担う人材の育成

海外事業人材の充足率、海外経験者数

DXの推進

デジタル人材の育成

必要スキル保有者数、DX施策への参画率

新規事業の創出

挑戦を促す企業文化の醸成

挑戦意欲に関する従業員意識スコア

生産性の向上

業務改善能力の強化

改善提案件数、改善施策の実行状況

人材の定着

働きがいのある組織づくり

離職率、従業員エンゲージメント

これらは具体的なKPI設定の例示です。

すべての企業が同じ指標を採用する必要はありません。


重要なのは、自社が目指す経営戦略に対して、どのような人材が必要で、その確保・育成がどの程度進んでいるのかを説明できることです。


なぜ従業員の意識をKPIにするのか?

人的資本の効果は、必ずしも研修受講者数や資格取得者数だけでは測れません。

例えば、新しい経営戦略を実現するために、従業員が自発的に課題を発見し、改善に取り組む企業文化が必要な場合があります。


その場合、研修の実施回数だけを見ても、企業文化が変化しているかは分かりません。

そこで、従業員の意識や行動に着目した指標を設定する考え方が有効になります。


<考えられる開示の構造>

段階

内容

経営戦略

新中期経営計画を実現する

重要な要素

従業員一人ひとりの行動変容

確認する事項

主体性・当事者意識・挑戦志向など

指標

従業員への設問の回答結果をスコア化

開示の目的

人材戦略の進捗を説明する

この事例の特徴は、経営計画の達成に必要な従業員の行動を定義し、その変化を測定する指標を設定していることです。


単に従業員満足度を測定するというだけではなく、経営戦略と関連付けた指標になっている点が参考になります。


女性管理職比率などを開示するだけでは不十分?

人的資本開示では、女性管理職比率など、法令上開示が求められる指標があります。

しかし、法令上必要な指標をそのまま選定しているだけでは、人的資本開示の内容が十分に充実しない可能性が指摘されています。


もちろん、法令上求められる情報を正確に開示することは重要です。

ただし、それだけで自社の人材戦略を十分に説明できるとは限りません。


例えば、女性管理職比率が上昇したことを開示する場合でも、その数値が自社の経営戦略においてどのような意味を持つのかを説明することで、より有用な情報になります。


<形式的な開示と戦略的な開示の違い>

観点

形式的な開示の例

戦略的な開示の例

女性管理職比率

比率を記載する

管理職育成方針や進捗と関連付ける

研修時間

総研修時間を記載する

重要スキルの育成目標と関連付ける

採用人数

採用実績を記載する

成長事業に必要な人材確保状況を説明する

離職率

数値の推移を記載する

人材定着施策とその結果を関連付ける

従業員意識

調査結果を記載する

経営戦略に必要な行動変容を測定する

上表は開示を改善するための実務上の例示です。

特に人的資本への投資額や人事制度の説明が多い企業では、その施策が経営戦略上どのような意味を持つか、改めて整理することが有用でしょう。


人的資本KPIを選ぶ際に確認したい5つのポイント

企業が人的資本KPIを選定する際には、次の観点が参考になります。


1.経営戦略との関連性

そのKPIが改善することで、経営戦略の実現にどのようにつながるのかを説明できる必要があります。


2.人材戦略の進捗を測定できるか

単に測定しやすい指標ではなく、実際に人材戦略が進んでいるか確認できる指標を選ぶことが重要です。


3.継続的に測定できるか

毎期計算方法が変わるような指標では、投資家が進捗を比較することが難しくなります。

そのため、定義や対象範囲を明確にし、継続的にデータを収集できる体制が必要です。


4.目標と実績を比較できるか

KPIを設定した場合には、可能であれば目標値や過年度実績と比較できるようにすることが有用です。


5.投資効果を適切に説明できるか

人的資本投資の効果がすぐに利益へ表れるとは限りません。

短期的な成果と中長期的な成果を区別しながら説明することが重要です。


人的資本への投資効果は、必ずしも利益額だけで測る必要はない

例えば、企業が人材育成に1億円を投資したとします。


その投資によって翌年度の営業利益がいくら増加したのかを正確に算定することは、必ずしも容易ではありません。


営業利益には、人的資本以外にも、

  • 市場環境

  • 販売価格

  • 原材料価格

  • 為替

  • 設備投資

  • 事業ポートフォリオの変化

など、多くの要因が影響するためです。


したがって、人的資本への投資効果を説明する場合には、必ずしも利益額との直接的な因果関係を証明する必要はなく、戦略の実現に必要な人材面の変化を合理的に示すという方法も考えられます。


例えば、DX推進を経営戦略に掲げている企業であれば、デジタル人材の充足状況や業務改革の実行状況を継続的に測定することで、人材投資の進捗を説明することができます。


人的資本開示では企業間の二極化が進んでいる

人的資本開示について、丁寧に説明する企業と、そうでない企業との間で二極化が進んでいることが指摘されています。


人的資本に関する法定開示項目を満たすことは、当然必要です。

しかし、人的資本を経営戦略と結び付けて説明するためには、それ以外の情報も整理する必要があります。


企業によっては、

  • 研修を実施しました

  • 女性管理職比率が上昇しました

という説明で終わってしまう場合も考えられます。


一方、投資家にとって有用な説明を意識する企業では、「なぜその取組みを行ない、どのような変化を期待し、実際にどの程度進んでいるのか」まで説明することができます。


人的資本開示の充実度の差は、こうした説明の具体性にも表れると考えられます。


人事・経営企画・経理財務部門の連携が重要

今回の資料では、人的資本開示を充実させるために、人事部門、経営企画部門、経理財務部門などの部門間連携が必要とされています。


人的資本開示という名称から、人事部門だけが担当すればよいと考えるかもしれません。

しかし、経営戦略とのつながりや投資効果を説明するためには、複数部門の情報が必要です。

部門

主な役割

人事部門

人材育成、採用、評価制度、従業員意識等のデータ管理

経営企画部門

経営戦略・中期経営計画との関連付け

経理財務部門

人的資本投資額の把握、財務情報との整合確認

IR・開示部門

投資家にとって分かりやすい説明の作成

各事業部門

人材施策が実際の業務に与えた影響を確認

特に、公認会計士の立場から重要と考えられるのは、人的資本情報と財務情報との整合性です。


例えば、人的資本投資額を開示する場合には、その範囲や集計方法を明確にしておくことが重要です。


また、人的資本KPIを継続的に開示する場合には、データの定義や集計手続を整備し、毎期比較可能な情報となるよう管理することが望まれます。


人的資本開示を改善するための実務チェックリスト

確認事項

チェック

経営戦略と人材戦略のつながりを説明できる

□

人的資本投資の目的を明確にしている

□

投資額だけでなく投資効果を説明している

□

自社の経営戦略に合ったKPIを選定している

□

法定開示指標以外に必要な情報を検討している

□

KPIの定義・集計方法を明確にしている

□

人材戦略の進捗を継続的に測定している

□

目標値と実績を比較できる

□

人的資本投資と経営成果の関係を説明している

□

人事・経営企画・経理財務が連携している

□

投資家からの質問を開示改善に反映している

□

まとめ

有価証券報告書における人的資本開示は、制度導入当初と比較して求められる説明の内容が充実しています。


2026年3月期からは、人材戦略と経営戦略のつながり等に関する開示も求められるようになりました。


また、投資家の関心も、人的資本への投資額から、その投資による効果へと変化しています。


今回のポイントを整理すると、次のとおりです。

第一に、人的資本投資の金額だけでなく、その効果を説明することが重要です。

研修費用や採用費用といったインプットに加え、必要スキルの習得や従業員の行動変容など、人材戦略の進捗を示すことが有用と考えられます。


第二に、人的資本KPIは経営戦略から逆算して選定することが重要です。

法令上必要な指標を開示するだけではなく、企業が目指す成長戦略の実現に必要な人材面の変化を説明できる指標が求められます。


第三に、人的資本開示は人事部門だけの仕事ではありません。

経営企画部門が経営戦略との関係を整理し、人事部門が施策やKPIを管理し、経理財務部門が投資額や財務情報との整合性を確認するなど、部門横断的な連携が重要です。


「経営戦略 → 人材戦略 → 具体的な取組み → KPIによる進捗確認」という関係を整理することが、投資家にとって分かりやすい人的資本開示につながります。


今後、上場会社では、単に人的資本に関する開示項目を増やすのではなく、自社の経営戦略にとって重要な指標を選び、具体的な取組みと成果を継続的に説明することが重要になると考えられます。



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【この記事の執筆者】

安田 亮(公認会計士・税理士)

安田亮公認会計士・税理士事務所 代表

京都大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。有限責任 あずさ監査法人、株式会社神戸製鋼所での実務経験を経て、2018年に神戸市で独立。

現在は、中小企業から上場企業に対する税務顧問、決算支援、税効果会計、連結決算、新リース会計基準への対応、組織再編、補助金・助成金に関する支援などを行なっています。また、金融機関や大手企業が運営する税務・会計・経営分野のWebメディアにおいて、記事の執筆・監修にも携わっています。

事務所ブログでは、税制改正や会計基準、経営実務に関する情報を、専門用語をできるだけかみ砕き、経営者や経理担当者の方に役立つ形で解説しています。


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