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公認会計士法改正で監査法人の合併は進むのか?「総社員の同意」要件と監査事務所再編の論点

  • 執筆者の写真: 安田 亮
    安田 亮
  • 7月25日
  • 読了時間: 13分

更新日:7月28日

こんばんは!代表の安田です。


上場会社の監査を担う監査事務所には、高い品質管理体制、十分な人員、独立性、継続的な監査対応能力が求められます。


近年、上場会社の不適切会計や監査品質をめぐる問題を背景に、上場会社監査を担当する監査事務所の体制強化が改めて注目されています。その中で、日本公認会計士協会は、上場会社の監査を行う監査事務所について、社員数要件の見直しを検討しているとされています。


仮に社員数要件が引き上げられた場合、中小規模の監査法人や共同事務所にとっては、単独で要件を満たすことが難しくなる可能性があります。その結果、監査事務所同士の合併や統合が選択肢として浮上することも考えられます。


しかし、監査法人等の合併には、公認会計士法上の重要なハードルがあります。それが「総社員の同意」です。


本日は、公認会計士の視点から、監査事務所の社員数要件見直しの背景、公認会計士法上の総社員の同意要件、監査法人の合併をめぐる実務上の課題、今後の制度改正の方向性を整理します。


上場会社監査を行なう監査事務所に求められる体制

上場会社の監査は、非上場会社の監査と比べても、より高度な品質管理体制が必要です。


上場会社では、投資家、金融機関、取引先、従業員など、多くの利害関係者が財務情報を利用します。そのため、監査法人には、単に監査報告書を出すだけでなく、監査品質を継続的に維持するための組織体制が求められます。


具体的には、次のような体制が重要です。

  • 十分な人数の社員・公認会計士がいること

  • 審査・品質管理を担う人員がいること

  • 複数の上場会社監査に対応できる監査リソースがあること

  • 独立性やローテーションに対応できる体制があること

  • 不正リスクや会計上の見積りに対応できる専門性があること

  • 監査調書レビューや品質管理レビューに耐えられる仕組みがあること


監査事務所の規模が小さい場合、監査責任者、審査担当者、品質管理担当者、専門的論点の相談相手が限られ、組織的な品質管理が難しくなることがあります。


そのため、上場会社監査を担う監査事務所に一定以上の社員数を求める議論は、監査品質の確保という観点から理解できます。


社員数要件の引上げが検討される背景

日本公認会計士協会は、上場会社の監査を行う監査事務所について、現行の社員数要件を見直す方向で検討しているとされています。


背景には、上場会社監査を担う監査事務所に、より強固な組織体制を求める必要性があります。現行の社員数要件が仮に引き上げられた場合、一定規模未満の監査事務所は、上場会社監査を継続するために、次のような対応を迫られる可能性があります。

  • 新たな社員を迎え入れる

  • 他の監査事務所と業務提携する

  • 監査法人同士で合併する

  • 上場会社監査から撤退する

  • 非上場会社監査や税務・アドバイザリーへ業務をシフトする


このうち、社員数要件を満たすための有力な選択肢となり得るのが、監査事務所同士の合併です。


ただし、監査法人の合併は、一般事業会社のM&Aとは異なる独自の難しさがあります。


監査事務所の合併が必要になる可能性

監査事務所の社員数要件が引き上げられると、中小監査法人では人員確保が大きな課題になります。


公認会計士の採用競争は厳しく、すぐに社員候補者を増やすことは容易ではありません。特に、上場会社監査を担当できる経験豊富な公認会計士を確保するには時間がかかります。


そのため、複数の監査事務所が合併し、社員数、監査チーム、品質管理体制、専門性を統合することは、制度対応上も経営戦略上も合理的な選択肢になり得ます。


監査事務所の合併には、次のようなメリットがあります。

  • 社員数要件を満たしやすくなる

  • 監査人員を確保しやすくなる

  • 品質管理体制を強化できる

  • 審査担当者や専門担当者を分散配置できる

  • 上場会社監査の継続可能性が高まる

  • 採用・教育・研修体制を整備しやすくなる

  • 監査報酬水準や業務効率を改善できる可能性がある


一方で、監査法人の合併には、文化の違い、監査手法の違い、報酬体系の違い、社員間の利害調整、クライアントポートフォリオの整理など、多くの課題があります。


公認会計士法上の「総社員の同意」とは

監査事務所の合併で大きな論点となるのが、公認会計士法上の総社員の同意です。


公認会計士法では、監査法人の合併について、総社員の同意が必要とされています。

総社員の同意とは、文字どおり、すべての社員の同意を得ることを意味します。


株式会社であれば、合併などの重要事項について、株主総会の特別決議により決議される場面があります。特別決議では、一定の議決権割合や出席株主の賛成により意思決定が行われます。


これに対し、監査法人の合併で総社員の同意が求められる場合、1人でも反対する社員がいれば、合併が成立しない可能性があります。


これは、監査法人の社員が、単なる出資者ではなく、専門職業人として監査法人の業務と責任を担う立場にあることを踏まえたものと考えられます。


総社員の同意が合併のハードルになる理由

総社員の同意要件は、社員一人ひとりの権利や責任を重視する制度です。

しかし、実務上は、合併を進めるうえで大きなハードルになることがあります。

監査法人の合併では、社員ごとに考え方が異なります。


たとえば、次のような論点で意見が分かれる可能性があります。

  • 合併後の法人名やブランド

  • 代表社員や経営体制

  • 社員報酬の配分方法

  • 品質管理方針

  • 監査手法やITツール

  • 既存クライアントの取扱い

  • 事務所所在地や拠点統廃合

  • 退職金・持分・出資の取扱い

  • 合併後の責任範囲

  • 自分の担当先や役割の変化


監査法人では、社員が経営者であり、専門職業人でもあります。そのため、単なる経済条件だけでなく、監査品質、職業倫理、顧客関係、働き方、事務所文化なども意思決定に影響します。


こうした中で、全員の同意を得ることは簡単ではありません。


なぜ総社員同意要件の緩和が議論されるのか

社員数要件の引上げが実現した場合、監査事務所の規模拡大はより重要になります。

しかし、合併を進めようとしても、総社員の同意要件が厳しすぎると、監査法人の再編が進みにくくなります。


そのため、会計士の間では、総社員の同意ではなく、たとえば会社法の特別決議のように、総社員の3分の2以上などの一定割合を要件とすることも考えられるのではないか、という意見があります。


このような要件緩和が実現すれば、監査法人の合併や統合が進みやすくなる可能性があります。


一方で、監査法人は株式会社とは異なり、社員一人ひとりが監査業務の責任を負う専門家集団です。多数決によって反対社員を含めて合併させることには、慎重な検討も必要です。


したがって、総社員同意要件の緩和は、監査事務所の再編促進と、専門職業法人としての社員の責任・自律性のバランスをどう取るかという問題といえます。


総社員同意要件を緩和する場合の論点

仮に総社員同意要件を緩和する場合には、いくつかの論点があります。


(1)どの程度の賛成割合を求めるか

総社員の3分の2以上とするのか、4分の3以上とするのか、あるいは別の基準を設けるのかが問題になります。合併は監査法人の根本的な変更であるため、単純過半数では足りないと考えられます。一方で、全員同意では実務上の機動性を欠く可能性があります。


(2)反対社員の保護をどうするか

多数決で合併を決められるようにする場合、反対社員の保護が重要です。

たとえば、反対社員に退社権を認めるのか、出資や持分の払戻しをどうするのか、担当クライアントや従業員への影響をどう整理するのかが問題になります。


(3)監査品質への影響をどう見るか

合併が進めば規模は大きくなりますが、それだけで監査品質が高まるとは限りません。

異なる監査法人が統合する場合、監査手法、品質管理方針、審査体制、ITシステム、独立性管理を統一する必要があります。

合併を容易にするだけでなく、合併後の品質管理体制をどのように確保するかが重要です。


(4)クライアントへの説明責任

監査法人の合併は、被監査会社にも影響します。

特に上場会社では、監査法人の異動や監査体制変更は、監査品質や独立性に関わる重要事項です。合併により監査契約、担当チーム、審査体制、報酬、監査計画がどう変わるのかを、クライアントに丁寧に説明する必要があります。


監査法人再編が進む場合の企業側への影響

監査法人の社員数要件見直しや合併促進は、監査法人側だけの問題ではありません。

上場会社やIPO準備会社など、監査を受ける企業にも影響する可能性があります。


(1)監査法人の選択肢が変わる

中小監査法人が合併・統合することで、監査法人の数や規模感が変わる可能性があります。

企業側は、自社に合った監査法人を選ぶ際に、規模、専門性、監査品質、報酬水準、業界知見を改めて確認する必要があります。


(2)監査報酬に影響する可能性

監査法人の体制強化には、人員、品質管理、IT投資、審査体制のコストが伴います。そのため、上場会社監査の報酬水準に影響する可能性があります。


(3)監査チームが変更される可能性

監査法人が合併すると、担当社員や監査チームの構成が変わることがあります。

企業側は、新しい監査チームとのコミュニケーション、監査スケジュール、重要論点の共有を早めに進める必要があります。


(4)監査難民問題への影響

監査法人の要件が厳しくなると、一部の監査法人が上場会社監査から撤退する可能性もあります。一方で、合併により体制強化が進めば、上場会社監査を継続できる監査事務所が増える可能性もあります。


制度設計によっては、監査法人の供給体制に影響を与えるため、企業側も動向を注視する必要があります。


公認会計士法改正には時間がかかる見込み

総社員同意要件の緩和は、単なる協会内規の変更ではなく、公認会計士法の改正を伴う可能性があります。そのため、実現には一定の時間がかかると考えられます。


日本公認会計士協会は、総社員の同意要件の緩和だけでなく、公認会計士試験など他の論点も検討したうえで、公認会計士法改正を政府に提言する方向で検討を進めているとされています。


もっとも、内部で議論が始まったばかりであり、実際の提言までには相応の時間がかかるとみられます。また、法改正を行う場合には、金融庁などで審議会を開く必要があるとの見方もあります。


したがって、すぐに制度が変わるわけではありませんが、監査法人の将来像に関わる重要な論点として注視する必要があります。


2027年のJICPA定期総会にも注目

JICPAの2027年の定期総会において、上場会社の監査を行なう監査事務所の社員数要件引上げに関する会則変更が提案される予定です。


この会則変更が実現すれば、監査事務所の体制整備に向けた動きがさらに具体化する可能性があります。その場合、公認会計士法改正の議論とは別に、監査事務所は早い段階で自法人の体制を点検する必要があります。


特に、現在の社員数が要件引上げ後の水準に近い監査法人は、次のような対応を検討することになるでしょう。

  • 社員候補者の育成

  • 他事務所との提携・合併可能性の検討

  • 上場会社監査の継続方針

  • 品質管理体制の強化

  • クライアントポートフォリオの見直し

  • 監査報酬水準の再検討


監査事務所が今から確認すべきこと

監査事務所側では、今後の制度改正を見据え、次の点を確認しておくことが重要です。

  • 現在の社員数と今後の要件見直しの影響

  • 上場会社監査の継続方針

  • 品質管理体制の現状

  • 審査担当者や専門人材の確保状況

  • 他の監査事務所との連携可能性

  • 合併した場合のメリット・デメリット

  • 定款・規程上の意思決定手続

  • 総社員の同意取得の実務上のハードル

  • 社員間の利害や将来方針の共有状況


制度改正が決まってから慌てて対応するのではなく、早めに自法人の将来像を議論しておくことが重要です。


被監査会社が確認すべきこと

上場会社やIPO準備会社など、監査を受ける企業側も、監査法人の制度改正動向を無関係とは考えない方がよいでしょう。


企業側では、次の点を確認しておくと安心です。

  • 現在の監査法人が上場会社監査を継続できる体制にあるか

  • 監査法人の社員数や品質管理体制について説明を受けているか

  • 監査法人の合併・再編の可能性があるか

  • 担当監査チームの変更可能性があるか

  • 監査報酬や監査スケジュールに影響があるか

  • 監査役等や監査委員会が監査法人の体制を把握しているか

  • 必要に応じて代替監査法人の情報収集をしているか


監査法人の体制変更は、企業の決算・開示スケジュールにも影響する可能性があります。監査役等や監査委員会を中心に、監査法人とのコミュニケーションを密にしておくことが大切です。


実務チェックリスト

公認会計士法改正と監査事務所再編の議論を踏まえ、監査事務所・被監査会社は次の点を確認しておきましょう。


<監査事務所側>

  • 上場会社監査を継続する方針があるか

  • 社員数要件引上げに対応できる見込みがあるか

  • 社員候補者の採用・育成計画があるか

  • 他事務所との提携・合併可能性を検討しているか

  • 合併時に総社員の同意を得られる見込みがあるか

  • 社員間で将来方針を共有しているか

  • 品質管理体制を強化しているか

  • 公認会計士法改正やJICPA会則変更の動向をフォローしているか


<被監査会社側>

  • 監査法人の体制変更リスクを把握しているか

  • 監査法人の品質管理体制について説明を受けているか

  • 監査役等が監査法人の社員数要件見直しの影響を理解しているか

  • 監査法人の合併・再編が自社監査に与える影響を確認しているか

  • 監査チーム変更時の引継ぎ体制を確認しているか

  • 監査報酬・監査スケジュールへの影響を検討しているか

  • 必要に応じて監査法人選定の情報収集を行っているか


まとめ

上場会社監査の品質確保をめぐり、日本公認会計士協会では、上場会社の監査を行う監査事務所の社員数要件を引き上げることが検討されています。仮に要件が引き上げられた場合、中小規模の監査事務所では、社員数や品質管理体制を確保するため、監査事務所同士の合併が重要な選択肢になる可能性があります。


しかし、公認会計士法では、監査法人の合併にあたり総社員の同意が必要とされており、これが実務上の大きなハードルになることがあります。1人でも反対社員がいれば合併が難しくなるため、総社員の同意要件は厳しすぎるのではないかという声もあります。


今後は、総社員同意要件の緩和に加え、公認会計士試験など他の論点も含めて、公認会計士法改正の議論が進む可能性があります。ただし、実際の提言や法改正には相応の時間がかかるとみられます。


監査事務所は、制度改正を待つだけでなく、自法人の社員数、品質管理体制、上場会社監査の継続方針、合併・提携の可能性を早めに検討しておくことが重要です。また、上場会社やIPO準備会社も、監査法人の体制変更が自社の監査・決算・開示に与える影響を注視し、監査役等を中心に監査法人との対話を進めることが求められます。


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【この記事の執筆者】

安田 亮(公認会計士・税理士)

安田亮公認会計士・税理士事務所 代表

京都大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。有限責任 あずさ監査法人、株式会社神戸製鋼所での実務経験を経て、2018年に神戸市で独立。

現在は、中小企業から上場企業に対する税務顧問、決算支援、税効果会計、連結決算、新リース会計基準への対応、組織再編、補助金・助成金に関する支援などを行なっています。また、金融機関や大手企業が運営する税務・会計・経営分野のWebメディアにおいて、記事の執筆・監修にも携わっています。

事務所ブログでは、税制改正や会計基準、経営実務に関する情報を、専門用語をできるだけかみ砕き、経営者や経理担当者の方に役立つ形で解説しています。

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