有価証券報告書で知的財産・無形資産の開示拡充へ|企業価値を伝える開示実務のポイント
- 安田 亮
- 21 時間前
- 読了時間: 11分
おはようございます!代表の安田です。
企業価値を考えるうえで、知的財産や無形資産の重要性がますます高まっています。
従来、企業価値は工場、設備、不動産、在庫などの有形資産を中心に語られることが多くありました。しかし現在では、技術、ブランド、人材、顧客基盤、研究開発力、データ、ソフトウェア、ノウハウなど、財務諸表に十分には表れにくい無形資産が、企業の競争力や成長力の源泉となっています。
こうした中、内閣府・知的財産戦略本部が取りまとめた「知的財産推進計画2026」において、有価証券報告書での知的財産・無形資産に関する開示拡充に向けた検討が始まることが明らかになりました。
本日は、公認会計士の視点から、知的財産・無形資産開示が注目される背景、有価証券報告書での開示拡充の方向性、企業が今から準備すべき実務対応を解説します。
知的財産・無形資産とは
知的財産・無形資産とは、企業が保有・活用する目に見えない経営資源をいいます。
代表的なものとして、次のようなものがあります。
特許権、商標権、意匠権、著作権
技術、ノウハウ、研究開発成果
ブランド、顧客基盤、販売チャネル
人材、組織能力、企業文化
ソフトウェア、データ、AI、デジタル基盤
サプライチェーン上の知見
事業モデル、業務プロセス、営業ノウハウ
会計上、これらのすべてが資産計上されるわけではありません。たとえば、研究開発、人材育成、ブランド構築、デジタル化対応の多くは、会計上は販売費及び一般管理費などの費用として処理されます。
しかし、投資家や金融機関から見ると、これらは将来の競争力や収益力を支える重要な成長投資です。そのため、財務諸表だけでは見えにくい知的財産・無形資産を、どのように開示で伝えるかが重要になっています。
なぜ知的財産・無形資産の開示が注目されているのか
近年、世界的に無形資産投資が増加しています。企業の競争優位は、設備の規模だけでなく、技術力、ブランド力、データ活用力、人材力などに左右されるようになっています。
内閣府の資料でも、世界的に無形資産投資が増加し、経済成長を牽引していることが示されています。日本でも知財・無形資産が企業の稼ぐ力や成長力の源泉となっており、時価総額に占める無形資産の割合も上昇傾向にあります。
一方で、日本企業は、米国企業と比べると時価総額に占める無形資産の割合が低いとされています。これは、日本企業が知財・無形資産への投資や活用を十分に行えていない、あるいは投資家に十分に伝えられていない可能性を示しています。
企業が知財・無形資産への投資を行なっていても、その意義や成果が投資家に伝わらなければ、企業価値として十分に評価されません。そこで、開示の充実が重要なテーマになっています。
有価証券報告書での開示拡充が検討へ
知的財産推進計画2026では、知財・無形資産に関する開示が依然として不十分であると指摘されています。
今後は、知財・無形資産への投資や活用が、企業の価値創造にどのように寄与しているのかを投資家が理解・評価しやすくなるよう、有価証券報告書の記載事項とすることや、統合報告書等での自主的な開示を促進することも含めて、開示の在り方が検討される予定です。
方針は、2027年前半を目途に示される見込みです。
仮に有価証券報告書での開示が拡充される場合でも、実際の適用は2028年3月期以降の有報になる可能性が高いとされています。そのため、すぐに制度対応が必要というよりも、今から社内の情報整理を進めておく段階といえます。
開示で問われるのは「何を持っているか」だけではない
知的財産・無形資産の開示というと、特許件数や研究開発費の金額、保有商標の数などを思い浮かべるかもしれません。
もちろん、定量情報は重要です。しかし、今後求められる開示では、単に「どのような知財を持っているか」だけでなく、それを経営戦略の中でどう活用しているかが問われます。
たとえば、次のような観点が重要になります。
自社の競争優位を支える知的財産・無形資産は何か
それらは中期経営計画や事業戦略とどう結びついているか
研究開発投資、人材投資、ブランド投資は将来収益にどうつながるか
デジタル化やデータ活用は生産性向上にどう貢献しているか
知財・無形資産をどのように保護し、収益化しているか
投資額だけでなく、成果やKPIをどう管理しているか
取締役会や経営陣がどのように知財戦略を監督しているか
つまり、開示の中心は「保有資産のリスト」ではなく、「知財・無形資産を活用した価値創造ストーリー」です。
経営者自身による説明が重要に
内閣府の検討会では、経営戦略として知財・無形資産を経営者自ら説明することが重要な論点として挙げられています。
これは非常に重要です。
知的財産や無形資産は、知財部門や研究開発部門だけのテーマではありません。企業の成長戦略、事業ポートフォリオ、人材戦略、DX戦略、資本政策と密接に関係します。
そのため、投資家に対しては、知財部門が技術的な説明をするだけでなく、経営者が「自社は何で稼ぐ会社なのか」「将来の競争優位をどこに築くのか」「そのためにどのような無形資産投資を行なうのか」を説明することが重要になります。
有価証券報告書や統合報告書でも、経営戦略とのつながりが見える開示が求められるでしょう。
販管費に含まれる成長投資をどう見せるか
知的財産・無形資産開示で大きな論点になるのが、販管費に含まれる成長投資の見せ方です。
研究開発、人材育成、ブランド構築、デジタル化対応などは、企業の将来競争力を支える投資です。しかし、会計上は多くの場合、費用として処理されます。
そのため、損益計算書上は単なるコスト増に見えることがあります。
たとえば、企業が将来の成長のために以下のような支出を増やした場合、短期的には利益を押し下げます。
研究開発費
採用・教育研修費
ブランド広告費
DX投資
ソフトウェア・データ基盤整備
新規事業開発費
顧客基盤構築費
しかし、これらは単なるコストではなく、将来の売上成長、利益率向上、競争優位の強化につながる可能性があります。
今後の開示では、販管費の中に含まれる成長投資の位置付けを、どのように分かりやすく示すかが重要になると考えられます。
有価証券報告書で想定される開示テーマ
具体的な開示項目は今後検討されますが、企業が準備しておくべきテーマとしては、次のようなものが考えられます。
(1)知財・無形資産戦略
自社の中長期戦略において、どの知財・無形資産を重視しているのかを説明します。
たとえば、技術力、ブランド、データ、人材、顧客基盤など、企業価値の源泉となる要素を整理することが重要です。
(2)投資額と投資方針
研究開発費、人材投資、ブランド投資、DX投資などについて、投資額や投資方針を示します。単年度の金額だけでなく、中長期的な投資方針や重点領域を説明すると、投資家にとって理解しやすくなります。
(3)価値創造への寄与
知財・無形資産への投資が、売上成長、利益率向上、新規事業創出、生産性向上、競争優位の維持にどのようにつながっているかを説明します。
(4)KPI・成果指標
投資家が評価しやすいように、定量的な指標を示すことも有効です。
たとえば、特許件数、研究開発テーマ数、DX投資額、新製品売上比率、ブランド認知度、人材育成時間、データ活用による業務効率化効果などが考えられます。
(5)ガバナンス
知財・無形資産への投資や活用について、取締役会や経営会議がどのように関与しているかを説明します。経営者や取締役会が、知財戦略をどのように監督し、資本配分と結びつけているかは、投資家にとって重要な情報です。
統合報告書との関係
知的財産・無形資産の開示は、有価証券報告書だけで完結するものではありません。
統合報告書、サステナビリティレポート、知財戦略資料、決算説明資料、中期経営計画などとの役割分担も重要です。
有価証券報告書では、法定開示として必要な情報を簡潔かつ正確に示し、統合報告書では価値創造ストーリーや事例をより詳しく説明する、という整理も考えられます。
ただし、複数の媒体で説明する場合には、内容の一貫性が重要です。
たとえば、有価証券報告書では「DXを成長戦略の柱」と書いているのに、統合報告書では具体的な投資額や成果が示されていない場合、投資家には十分に伝わりません。
逆に、統合報告書では詳しく説明しているのに、有価証券報告書ではほとんど触れていない場合、法定開示としての情報の位置付けが不明確になる可能性があります。
企業が今から準備すべきこと
知的財産・無形資産の開示拡充は、すぐに全企業へ義務化されるわけではありません。しかし、2027年前半を目途に方針が示される見込みであり、早めの準備が重要です。
企業が今から取り組むべきことは、次のとおりです。
(1)自社の知財・無形資産を棚卸しする
まず、自社の価値創造を支える知財・無形資産を洗い出します。
特許や商標だけでなく、人材、ブランド、データ、顧客基盤、技術ノウハウ、業務プロセスなども含めて整理することが重要です。
(2)経営戦略との関係を整理する
知財・無形資産が、中期経営計画、事業戦略、成長領域、資本配分方針とどのように結びついているかを整理します。
投資家に伝えるべきなのは、単なる資産リストではなく、企業価値向上にどうつながるかです。
(3)販管費に含まれる成長投資を把握する
研究開発費、人材育成費、ブランド投資、DX投資など、会計上は費用処理されている成長投資を把握します。
可能であれば、通常の維持費用と将来成長に向けた投資を区分して管理できるようにすると、開示の説得力が高まります。
(4)KPIを設定する
知財・無形資産への投資成果を説明するためには、KPIが必要です。
KPIは企業ごとに異なりますが、投資家が価値創造との関係を理解しやすい指標を設定することが重要です。
(5)社内部門の連携体制を作る
知財・無形資産開示は、経理部門だけでは作れません。
知財部門、研究開発部門、人事部門、IT部門、経営企画部門、IR部門、サステナビリティ部門などの連携が必要です。
特に、有価証券報告書に記載する場合には、開示責任やレビュー体制も明確にする必要があります。
公認会計士の視点:開示は「定量情報」と「ストーリー」の両方が必要
知的財産・無形資産の開示では、定量情報とストーリーの両方が必要です。
定量情報がなければ、投資家は投資規模や成果を比較しにくくなります。一方、数字だけでは、自社の競争優位や価値創造の仕組みは伝わりません。
たとえば、研究開発費の金額だけを開示しても、それがどの事業に関係し、将来どのような収益機会につながるのかが分からなければ、投資家は評価しにくいでしょう。
逆に、価値創造ストーリーだけを語っても、投資額や成果指標がなければ、説得力に欠けます。
企業は、財務情報と非財務情報をつなぐ形で、知財・無形資産を説明する必要があります。
実務チェックリスト
知的財産・無形資産開示の拡充に備えて、企業は次の点を確認しましょう。
自社の競争優位を支える知財・無形資産を棚卸ししているか
特許・商標だけでなく、人材、ブランド、データ、顧客基盤も整理しているか
知財・無形資産と中期経営計画の関係を説明できるか
研究開発費、人材育成費、ブランド投資、DX投資を把握しているか
販管費に含まれる成長投資を区分して管理できるか
知財・無形資産投資の成果を示すKPIを設定しているか
取締役会や経営会議で知財・無形資産戦略を議論しているか
有価証券報告書、統合報告書、決算説明資料の内容に一貫性があるか
経理、IR、知財、人事、IT、研究開発部門が連携しているか
投資家に対して価値創造ストーリーとして説明できるか
まとめ
内閣府・知的財産戦略本部が取りまとめた「知的財産推進計画2026」では、有価証券報告書での知的財産・無形資産に関する開示拡充に向けた検討を進める方針が示されました。統合報告書等での自主的な開示促進も含め、2027年前半を目途に方針が示される見込みです。
世界的に無形資産投資が増加し、企業価値に占める無形資産の重要性が高まる中、日本企業は米国企業と比べて無形資産の活用や開示が十分とはいえない面があります。
今後の開示では、単に特許件数や研究開発費を示すだけでなく、知財・無形資産への投資が企業の価値創造にどう結びつくのかを、経営戦略として説明することが求められます。特に、研究開発、人材育成、ブランド構築、デジタル化対応など、会計上は販管費として処理される成長投資を、どのように投資家へ伝えるかが重要な論点になります。
企業は、制度改正を待つだけでなく、自社の知財・無形資産を棚卸しし、経営戦略との関係、投資額、成果指標、ガバナンス体制を整理しておくことが大切です。有価証券報告書、統合報告書、決算説明資料を通じて、財務情報と非財務情報をつなぎ、投資家に伝わる開示を準備していきましょう。
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【この記事の執筆者】
安田 亮(公認会計士・税理士)
安田亮公認会計士・税理士事務所 代表
京都大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。有限責任 あずさ監査法人、株式会社神戸製鋼所での実務経験を経て、2018年に神戸市で独立。
現在は、中小企業から上場企業に対する税務顧問、決算支援、税効果会計、連結決算、新リース会計基準への対応、組織再編、補助金・助成金に関する支援などを行なっています。また、金融機関や大手企業が運営する税務・会計・経営分野のWebメディアにおいて、記事の執筆・監修にも携わっています。
事務所ブログでは、税制改正や会計基準、経営実務に関する情報を、専門用語をできるだけかみ砕き、経営者や経理担当者の方に役立つ形で解説しています。


