関係会社への転籍で退職金はどうする?転籍先への精算・退職所得控除を税理士が解説
こんばんは!代表の安田です。
関係会社への転籍で退職金はどうする?転籍先への精算・退職所得控除を税理士が解説
グループ会社を持つ企業では、人材配置の一環として、親会社から子会社、兄弟会社などへ従業員を「転籍」させることがあります。
このとき問題になりやすいのが、転籍前の会社で積み上がった勤続期間に対応する退職金をどう扱うかです。
例えば、
転籍時に前職会社が本人へ退職金を支給する
転籍時には本人へ支払わず、退職金相当額を転籍先会社へ支払う
転籍先会社を退職するときに、前職分も含めてまとめて退職金を支給する
といった方法が考えられます。
しかし、退職金相当額を本人ではなく転籍先法人へ支払う方法には、法人税上の注意点があります。また、転籍時に本人が退職金を受け取る場合でも、その後転籍先を退職した際の退職所得控除について、一定の退職給与規程等があれば転籍前の勤続期間を考慮して計算できる場合があります。
本日は、関係会社への転籍に伴う退職金について、法人税・所得税の双方から実務上の注意点を解説します。
まず「出向」と「転籍」は違う
関係会社間の人事異動では、「出向」と「転籍」を区別することが重要です。
出向の場合には出向元との雇用契約が継続する一方、転籍の場合には転籍前の法人との雇用契約が解消されるため、転籍前法人を退職することになると整理されています。
<出向と転籍の違い>
項目 | 出向 | 転籍 |
出向元・転籍元との雇用契約 | 原則継続 | 終了 |
新しい会社との雇用関係 | あり | あり |
元の会社を退職したことになるか | 原則ならない | 原則なる |
退職金の論点 | 出向期間の取扱い等 | 転籍時・転籍後の退職金処理 |
転籍では、元の会社との雇用関係が終了するため、退職金をどのタイミングで精算するかが問題になります。
転籍時に退職金を支給しないケースもある
退職金制度では、一般に勤続年数が長くなるほど支給額が増える設計が多く見られます。
そのため、関係会社への転籍時にいったん退職金を支給すると、転籍せず同じ会社で勤務し続けた場合と比較して、従業員に不利益が生じることがあります。
そこで実務では、転籍時には退職金を支給せず、転籍先を退職するときに、転籍前と転籍後の勤続期間を通算して退職金を支給するという方法が採用されることがあります。
ただし、この場合には「転籍前の会社が負担すべき退職金相当額をどう精算するか」という別の問題が生じます。
転籍前法人から転籍先法人へ退職金相当額を払う方法
例えば、次のケースを考えます。
甲社の従業員Aさんが子会社の乙社へ転籍
甲社での勤続期間は10年
転籍時にはAさん本人へ退職金を支払わない
甲社が、甲社勤務期間に対応する退職金相当額を乙社へ支払う
Aさんが将来乙社を退職するときに、甲社・乙社の勤続期間を踏まえて退職金を支給する
一見すると合理的に見えます。
しかし、この処理には法人税上の問題があります。
転籍先会社が「預り金」にするだけでよいとは限らない
転籍先の乙社では、甲社から受け取った退職金相当額を、Aさんの将来の退職金なので「預り金」として負債計上しておこうと考えるかもしれません。
しかし、甲社が乙社へ支払った退職金相当額について、本来A氏が受領すべき金額であり、乙社が長期間負債として計上する根拠が問題となると指摘されています。
さらに、現行法上は退職給与引当金の損金算入制度がないため、乙社側で受取額が益金と認定される可能性があると説明されています。
<問題のイメージ>
甲社 | 乙社 |
退職金相当額を支払う | 金銭を受領 |
Aさん本人には支払わない | 将来Aさんへ退職金として支給予定 |
支払額を損金にしたい | 預り金として長期間負債計上したい |
益金認定のリスク |
つまり、「将来Aさんへ払う予定だから、とりあえず預り金」という処理が当然に認められるわけではない点に注意が必要です。
転籍時に本人へ退職金を支給する方法
別の方法として、転籍時に甲社からAさん本人へ正式に退職金を支給することが考えられます。
この場合、甲社は退職金規程に基づいて適正な退職金を計算し、源泉徴収等を行ったうえで本人へ支給します。この方法であれば甲社側の課税関係はいったん完結します。
<処理の流れ>
手順 | 内容 |
1 | Aさんが甲社を退職・乙社へ転籍 |
2 | 甲社がAさんへ退職金を支給 |
3 | 甲社が必要な所得税・住民税を控除 |
4 | 甲社の退職金債務は精算 |
5 | Aさんは乙社で新たに勤務 |
この方法は法人間の資金移動として処理するより、税務関係が明確になります。
本人が受け取った退職金を転籍先へ貸す方法
一つの案として、Aさんが甲社から退職金を受け取り、その手取額を乙社へ貸し付けるという方法にも触れています。
この場合、
甲社→Aさん:退職金
Aさん→乙社:貸付金
という2つの別個の取引になります。
<取引関係>
支払者 | 受取者 | 性質 |
甲社 | Aさん | 退職金 |
Aさん | 乙社 | 貸付金 |
乙社が甲社から直接「退職金相当額」を受け取る形と比べると、各取引の法的・税務的な性格は明確になります。
ただし、Aさんには転籍時点で退職所得課税が発生します。
転籍時に退職金を受け取ると勤続年数はリセットされる?
ここで従業員側からよく出る疑問があります。
転籍時に退職金を受け取ると、乙社を退職するときの退職所得控除は乙社勤務期間だけになるのでは?
必ずしもそうではありません。
転籍先の退職給与規程等に、前の会社の勤続期間を通算して退職金を計算する旨の定めがある場合には、転籍前の勤務期間も考慮して退職所得控除額を計算できると説明されています。
退職所得控除はどう計算する?
考え方は次のとおりです。
まず、「前職の勤続年数+転籍後の勤続年数」によって、合計勤続年数に対応する退職所得控除額を計算します。
そのうえで、「前職の退職時にすでに使用した退職所得控除額」を差し引きます。
<計算の考え方>
ステップ | 内容 |
① | 前職勤務期間+転籍後勤務期間を合計 |
② | 合計勤続年数による退職所得控除額を計算 |
③ | 前職退職時に使用済みの退職所得控除額を控除 |
④ | 残額を転籍先退職時の退職所得控除額として計算 |
したがって、転籍時に一度退職金を受け取ったからといって、前職期間が必ず完全に無視されるわけではありません。
前職が関係会社である必要はない
この特例的な計算については、さらに重要なポイントがあります。
前職勤務期間を考慮する取扱いについて、前職の勤務先が親会社・子会社などの関係法人であることは要件ではないと説明されています。
つまり、
親会社から子会社への転籍
子会社から兄弟会社への転籍
だけでなく、一定の要件を満たせば通常の転職でも関係する可能性があります。
重要なのは退職給与規程
実務上は、転籍前後の会社でどのように退職金制度を設計しているかが重要になります。
特に転籍先の規程について、資料では前に勤務していた期間を通算して勤続期間を計算する旨の定めが重要とされています。
<確認したい規程>
確認項目 | 内容 |
転籍者の勤続年数 | 前職期間を通算するか |
退職金算定 | 前職期間を含めて計算するか |
転籍時精算 | 本人へ支払うか、支給を繰り延べるか |
関係法人間精算 | どのような方法で負担するか |
退職所得控除 | 規程と税務上の勤続期間が整合するか |
転籍の意思決定をしてから税務処理を考えるのではなく、人事制度・退職金規程と税務を一体で検討することが重要です。
具体例で整理
例えば次のケースを想定します。
甲社勤務:10年
乙社勤務:15年
甲社から乙社への転籍時に甲社がAさんへ退職金を支給
乙社の退職給与規程では甲社勤務期間も通算
この場合、乙社退職時の退職所得控除については、単純に「乙社15年だけ」で計算するのではなく、甲社10年+乙社15年=合計25年を基礎とした退職所得控除額を一旦求め、そこから甲社退職時に既に使った控除額を差し引くという考え方になります。
関係会社間の転籍で注意したい法人税のポイント
転籍に伴う退職金相当額を会社間で精算する場合には、単なる社内グループの資金移動と考えないことが重要です。
特に確認したいのは次の点です。
論点 | 注意点 |
転籍元の支払 | 誰に対する何の支払いなのか |
転籍先の受取 | 負債計上する法的根拠があるか |
長期預り金 | 益金認定されるリスクがないか |
本人への支給 | 退職所得として適切に処理するか |
将来の退職金 | 前職勤務期間をどう扱うか |
「グループ内なので最終的には同じ」と考えて処理すると、法人税上の問題が生じる可能性があります。
転籍時の退職金を検討する実務フロー
転籍を予定している場合には、次の順番で整理するとよいでしょう。
出向か転籍かを明確にする
転籍時点で元会社との雇用契約が終了するか確認する
退職金規程を確認する
転籍時に本人へ退職金を支給するか検討する
支給しない場合、関係法人間の精算方法を確認する
転籍先の退職給与規程で前職期間を通算するか確認する
将来の退職所得控除への影響を確認する
本人の同意を得たうえで転籍を実施する
よくある疑問
Q. 親会社から子会社へ転籍すると、必ず退職金を払う必要がありますか?
A. 転籍時に必ず支給しなければならないとはされていません。実務では、転籍時に支給せず、転籍先退職時に前後の勤続期間を通算して支給するケースもあるとされています。
Q. 転籍元から転籍先へ退職金相当額を送金し、預り金にすればよいですか?
A. この方法について、転籍先が長期間負債計上する根拠や、法人税上の益金認定の可能性が問題として指摘されています。したがって、単純な預り金処理で問題ないとはいえません。
Q. 転籍時に退職金を受け取ると、その後の退職所得控除で前職期間は使えませんか?
A. 一定の退職給与規程等の定めがある場合には、前職の勤続期間も考慮して退職所得控除額を計算できるとされています。
Q. 前職もグループ会社でなければいけませんか?
A. この取扱いは前職が関係法人である場合に限定されていないとされています。
まとめ
関係会社への転籍では、転籍前の会社との雇用関係が終了するため、退職金の取扱いを事前に整理する必要があります。
今回のポイントは次のとおりです。
出向と転籍は税務上も前提が異なる
転籍時に退職金を支給しないケースもある
転籍元が退職金相当額を転籍先法人へ直接支払う場合、転籍先で長期間預り金とする処理には法人税上の問題が生じ得る
転籍時に本人へ退職金を支給すれば、転籍元の退職金債務を精算できる
転籍時に退職所得課税を受けても、一定の退職給与規程等があれば、その後の退職所得控除で前職勤務期間を考慮できる場合がある
前職期間を考慮する取扱いは、前職が関係会社の場合だけに限定されない
転籍に伴う退職金は、単に「誰がいくら負担するか」という問題ではありません。
転籍元法人の損金、転籍先法人の益金、従業員本人の退職所得課税、将来の退職所得控除を一体で検討することが重要です。
特にグループ企業で人材異動を予定している場合には、転籍を決定する前に、退職金規程と税務上の取扱いを確認しておきましょう。
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【この記事の執筆者】
安田 亮(公認会計士・税理士)
安田亮公認会計士・税理士事務所 代表
京都大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。有限責任 あずさ監査法人、株式会社神戸製鋼所での実務経験を経て、2018年に神戸市で独立。
現在は、中小企業から上場企業に対する税務顧問、決算支援、税効果会計、連結決算、新リース会計基準への対応、組織再編、補助金・助成金に関する支援などを行なっています。また、金融機関や大手企業が運営する税務・会計・経営分野のWebメディアにおいて、記事の執筆・監修にも携わっています。
事務所ブログでは、税制改正や会計基準、経営実務に関する情報を、専門用語をできるだけかみ砕き、経営者や経理担当者の方に役立つ形で解説しています。






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