SaaS・クラウド時代のソフトウェア制作費の会計処理とは?資産計上と費用処理の判断ポイントを公認会計士が解説
こんばんは!代表の安田です。
近年、企業のIT利用は大きく変化しています。
かつては、ソフトウェアを購入して自社サーバーにインストールし、社内で利用する形が一般的でした。また、ソフトウェアベンダーは、製品マスターを作成し、パッケージソフトやダウンロード販売として顧客に提供するビジネスモデルが中心でした。
しかし現在では、クラウドサービス、とくにSaaSが急速に普及しています。
SaaSとは、ネットワークを介してソフトウェア機能を提供するサービスです。ユーザーはソフトウェアそのものを購入するのではなく、インターネット経由でサービスとして利用します。
このようなビジネス環境の変化により、従来のソフトウェア会計の枠組みだけでは判断が難しい取引が増えています。
特に実務で問題になるのが、ソフトウェア制作費や導入費用を資産計上できるのか、それとも費用処理すべきなのかという点です。
本日は、SaaS・クラウドサービス時代におけるソフトウェア制作費の会計処理について、自社利用ソフトウェア、市場販売目的ソフトウェア、クラウドサービスのユーザー側・ベンダー側の論点を、公認会計士の視点からわかりやすく解説します。
ソフトウェア会計が難しくなっている理由
ソフトウェア会計が難しくなっている背景には、ITサービスの提供形態が大きく変化したことがあります。
従来の会計実務では、ソフトウェアは主に次のような形で整理されていました。
1つ目は、自社利用ソフトウェアです。これは、会社が自社の業務を効率化したり、外部へサービスを提供したりするために利用するソフトウェアです。
2つ目は、市場販売目的ソフトウェアです。これは、不特定多数の顧客に販売するために制作されるソフトウェアで、製品マスターを作成し、その複製を販売するようなケースを想定しています。
3つ目は、受注制作ソフトウェアです。これは、特定の顧客からの注文に基づいて制作されるソフトウェアです。
しかし、SaaSでは、ソフトウェアそのものを顧客に引き渡すわけではありません。ベンダーがソフトウェアを保有し、顧客はインターネット経由でその機能を利用します。
このため、SaaSで提供するソフトウェアを「自社利用ソフトウェア」と見るのか、「市場販売目的ソフトウェア」と見るのかが実務上の論点になります。
SaaS・PaaS・IaaSの違い
クラウドサービスには、代表的な分類としてSaaS、PaaS、IaaSがあります。
SaaSは、Software as a Serviceの略で、ネットワークを介してソフトウェア機能を提供するサービスです。ユーザーは、すぐに利用できるアプリケーションをサービスとして利用します。Web会議ツール、クラウド会計ソフト、クラウドERPなどが代表例です。
PaaSは、Platform as a Serviceの略で、アプリケーションの実行環境や開発環境を提供するサービスです。ユーザーはその基盤上で自らアプリケーションを用意します。
IaaSは、Infrastructure as a Serviceの略で、CPU、メモリ、ストレージなどのインフラ環境を提供するサービスです。アプリケーション基盤やアプリケーションはユーザー側が用意します。
ソフトウェア制作費の会計処理で特に問題になりやすいのはSaaSです。
SaaSでは、ソフトウェアの機能そのものを顧客に提供しますが、ソフトウェアの支配が顧客に移転するわけではありません。そのため、ユーザー側・ベンダー側の双方で、従来の会計基準をどのように当てはめるかが問題になります。
自社利用ソフトウェアの会計処理
自社利用ソフトウェアは、会社が自社で利用する目的で制作または購入するソフトウェアです。
自社利用ソフトウェアについては、将来の収益獲得または費用削減が確実であると認められる場合、一定の制作費用を資産計上します。
たとえば、社内の販売管理システムを導入し、業務効率化による費用削減が見込まれる場合や、外部顧客にサービスを提供するための基盤としてソフトウェアを利用し、将来の収益獲得が見込まれる場合が考えられます。
一方、将来の収益獲得または費用削減が確実であると認められない場合や、不明な場合には、費用処理します。
また、データコンバート費用やトレーニング費用は、原則として費用処理されます。
資産計上された自社利用ソフトウェアは、通常、無形固定資産のソフトウェアとして計上され、一般的には定額法で償却されます。耐用年数は原則として5年以内とされ、5年を超える場合には合理的な根拠が必要です。
市場販売目的ソフトウェアの会計処理
市場販売目的ソフトウェアは、不特定多数の顧客に販売する目的で制作されるソフトウェアです。従来は、製品マスターを作成し、その複製を販売するパッケージソフトのような形が典型例でした。
市場販売目的ソフトウェアでは、最初に製品化された製品マスターが完成するまでに発生した費用は、原則として研究開発費として費用処理されます。
一方、製品マスター完成後に行なわれる機能の改良や強化に要した費用は、一定の場合に資産計上されます。ただし、著しい改良に該当する場合は研究開発費として処理する必要があります。
市場販売目的ソフトウェアでは、見込販売数量や見込販売収益に基づく償却方法が用いられることがあります。ただし、毎期の償却額は、残存有効期間に基づく均等配分額を下回ってはならないとされています。
耐用年数は、原則として3年以内です。3年を超える場合には、合理的な根拠が必要です。
SaaSユーザー側の会計処理
SaaSを利用する企業、つまりユーザー側では、まず「ソフトウェアを購入したのか」「サービスを受けているだけなのか」を考える必要があります。
Web会議ツールやクラウド会計ソフトのようなSaaS契約では、通常、ソフトウェアそのものを購入しているわけではありません。ベンダーがソフトウェアを保有し、ユーザーは一定期間、その機能を利用する権利を得ているにすぎません。
このような場合、ユーザーはソフトウェアのすべての経済的資源を支配しているわけではないため、一般的にはソフトウェアとして資産計上せず、利用料を費用処理します。
たとえば、月額または年額で利用するWeb会議ツールは、一般的に支出時またはサービス期間に応じて費用処理されます。
導入時に初期設定費用が発生することもありますが、金額に重要性が乏しい場合には費用処理されることが多いでしょう。
クラウドERPの導入費用は慎重に判断する
一方で、クラウドERPの導入では、Web会議ツールとは異なる検討が必要です。
クラウドERPは、会計、人事、販売、在庫管理など、会社の基幹業務に関わる大規模なシステムです。導入には時間がかかり、既存システムとの連携、業務フローの設計、データ移行、カスタマイズなど、多額の費用が発生することがあります。
SaaS契約である以上、クラウドERPそのものをユーザーが購入しているわけではありません。そのため、利用料自体はサービス費用として処理されることが一般的です。
しかし、自社システムとの連携のために個別開発を行っなた場合、その開発部分がクラウドERPとは別個の資産として識別できることがあります。
たとえば、自社内の他システムとクラウドERPを連携させるためのインターフェース開発や、独自の追加プログラムを制作した場合には、その内容によっては自社利用ソフトウェアとして資産計上を検討する余地があります。
つまり、クラウドERPでは、SaaS利用料、導入支援費用、設定費用、カスタマイズ費用、連携開発費用を一括して判断するのではなく、それぞれの内容を分解して検討することが重要です。
SaaSベンダー側の会計処理
SaaSを提供するベンダー側では、さらに難しい論点があります。
SaaSベンダーは、ソフトウェアを自社で保有し、その機能をインターネット経由で顧客に提供します。この場合、提供するソフトウェアを自社利用ソフトウェアとして処理するのか、市場販売目的ソフトウェアとして処理するのかが問題になります。
自社利用ソフトウェアと考える理由は、SaaSではソフトウェアの支配が顧客に移転せず、ベンダーが自社で保有するソフトウェアを使って外部顧客にサービスを提供していると考えられるためです。
一方、市場販売目的ソフトウェアと考える理由もあります。SaaSは、不特定多数の顧客に対して、一定期間または利用量に応じてソフトウェア機能を提供するビジネスモデルです。
この点では、使用期間を限定したソフトウェアライセンス販売に近い面があります。
そのため、SaaSベンダーの会計処理には、実務上一定の幅があります。
自社利用か市場販売目的かで何が変わるか
SaaSで提供するソフトウェアを自社利用ソフトウェアと見るか、市場販売目的ソフトウェアと見るかによって、会計処理は大きく変わります。
まず、資産計上の開始時点が変わります。
市場販売目的ソフトウェアと見る場合、資産計上の開始時点は、最初に製品化された製品マスターが完成した時点と考えられます。それ以前の制作費用は、研究開発費として費用処理されることが多くなります。
一方、自社利用ソフトウェアと見る場合、将来の収益獲得が確実であると認められる状況になった時点から資産計上を開始します。この場合、市場販売目的に比べて、資産計上の開始時点が早くなる可能性があります。
次に、償却方法や耐用年数も変わります。
自社利用ソフトウェアでは、一般的に定額法による償却が合理的とされ、耐用年数は原則5年以内です。
市場販売目的ソフトウェアでは、見込販売数量または見込販売収益に基づく償却が考えられ、耐用年数は原則3年以内です。
さらに、減損や未償却残高の評価にも違いが生じます。
このように、分類の違いは、研究開発費の範囲、資産計上額、償却費、利益水準、財務指標に影響します。
資産計上開始時点の判断が重要
ソフトウェア制作費の会計処理では、「いつから資産計上を開始するか」が非常に重要です。
自社利用ソフトウェアでは、将来の収益獲得または費用削減が確実であると認められる状況になった時点から、制作作業が完了した時点までの費用が資産計上の対象となります。
しかし、近年のソフトウェア開発では、この判断が難しくなっています。
従来のウォーターフォール型開発では、要件定義、設計、開発、テスト、リリースという工程が比較的明確でした。
一方、現在はアジャイル開発やPoCが一般的になっています。開発単位を細かくし、実装とテストを繰り返しながら、機能や仕様を変更していくケースも増えています。
この場合、企画段階、PoC段階、要件定義段階、開発段階、運用試験段階のどこから将来収益獲得が確実になったといえるのか、慎重に判断する必要があります。
単に予算が承認されたから資産計上できる、という単純な判断は危険です。
PoCやアジャイル開発で注意すべき点
AI、データ分析、プラットフォーム開発、新規SaaSサービスなどでは、PoCを繰り返しながら事業化を検討するケースがあります。
PoCとは、概念実証のことで、技術的に実現可能か、顧客ニーズに合うか、事業化できるかを検証するプロセスです。
PoC段階では、将来の収益獲得がまだ確実とはいえないことが多いでしょう。そのため、この段階で発生した費用は研究開発費として費用処理される可能性が高くなります。
また、アジャイル開発では、開発途中で機能や仕様が大きく変わることがあります。開発工程が柔軟であること自体はビジネス上のメリットですが、会計処理上は資産計上開始時点の判断を難しくします。
実務では、品質管理や営業管理のための社内審査、リリース判定、商用化判定、開発承認などを基準に、資産計上開始時点を整理することが考えられます。
重要なのは、社内で判断基準を明確にし、継続的に適用することです。
会計方針と見積りの開示も重要
SaaSの会計処理では、会社ごとに判断が分かれる可能性があります。
同じようにSaaSを提供していても、ある会社は市場販売目的ソフトウェアとして処理し、別の会社は自社利用ソフトウェアとして処理することがあります。
どちらにも一定の合理性がある場合、重要になるのが開示です。
投資家や金融機関などの財務諸表利用者は、会社がどのような方針でソフトウェア制作費を処理しているのかを理解する必要があります。
たとえば、重要な会計方針として、SaaSで提供するソフトウェアをどの区分で処理しているのか、資産計上開始時点をどのように判断しているのか、償却方法や耐用年数をどのように決めているのかを説明することが考えられます。
また、ソフトウェア資産の評価や減損判断については、重要な会計上の見積りとして説明が必要になる場合があります。
特に、ソフトウェア単体で資産グループを認識するのか、インフラ基盤を含めたクラウド事業全体で資産グループを認識するのかによって、減損判定の結果が変わることがあります。
内部統制上の課題
クラウドサービスには、会計処理だけでなく内部統制上の課題もあります。
企業が財務報告に関係する重要なシステムをSaaSで利用する場合、そのシステムに係るIT全般統制や業務処理統制を評価する必要があります。
しかし、SaaSでは、システム基盤の多くをベンダー側が保有しています。ユーザー企業が、ベンダー側のシステム環境や内部統制を直接確認することには限界があります。
このような場合、受託業務に係る内部統制の保証報告書を入手できるかどうかが重要になります。
ユーザー側は、重要なSaaSを導入する前に、ベンダーが内部統制報告書を提供できる体制にあるかを確認することが望ましいでしょう。
一方、SaaSベンダー側は、顧客企業の監査対応や内部統制評価に対応するため、内部統制報告書を発行できる体制を整えることが重要になります。
実務で確認すべきチェックポイント
SaaS・クラウド関連のソフトウェア会計では、次の点を確認しましょう。
契約はソフトウェアの購入か、サービス利用契約か
ユーザー側がソフトウェアに対する支配を獲得しているか
SaaS利用料、導入費用、設定費用、カスタマイズ費用を区分しているか
自社システムとの連携開発が別個の資産に該当するか
ベンダー側では自社利用ソフトウェアか市場販売目的ソフトウェアかを整理しているか
資産計上開始時点の判断基準が明確か
PoCや研究開発段階の費用を適切に区分しているか
償却方法、耐用年数、減損判定の考え方が実態に合っているか
重要な会計方針や重要な会計上の見積りとして開示すべき事項があるか
SaaSに関する内部統制報告書を入手または提供できるか
これらは、経理部門だけでは判断できないこともあります。情報システム部門、事業部門、法務部門、監査人が連携して検討することが重要です。
中小企業やスタートアップにも関係する論点
SaaSやクラウドサービスの会計処理は、上場会社だけの論点ではありません。
中小企業でも、クラウド会計、クラウドERP、勤怠管理システム、販売管理システム、Web会議ツールなど、SaaSを利用する機会は増えています。
また、スタートアップでは、自社でSaaSサービスを開発し、顧客に提供するケースも多くあります。
特にSaaSスタートアップでは、開発費をどこまで費用処理し、どこから資産計上するかによって、損益や純資産に大きな影響が出ることがあります。
資金調達、金融機関対応、IPO準備、M&Aを見据える場合には、ソフトウェア制作費の会計処理を早い段階から整理しておくことが大切です。
「他社もこうしているから」という理由だけで処理するのではなく、自社の契約実態、開発プロセス、収益モデル、管理体制に合った会計方針を検討しましょう。
まとめ
SaaS・クラウドサービスの普及により、ソフトウェア制作費の会計処理は以前よりも複雑になっています。
従来のソフトウェア会計では、自社利用ソフトウェア、市場販売目的ソフトウェア、受注制作ソフトウェアという区分で整理されていました。
しかし、SaaSでは、ベンダーがソフトウェアを保有し、顧客はインターネット経由でその機能を利用します。このため、ユーザー側ではソフトウェアを購入したのか、サービスを利用しているだけなのかを判断する必要があります。
一般的なSaaS利用料は、ソフトウェアの支配を取得していないため、費用処理されることが多いと考えられます。一方、クラウドERPの導入に伴う個別開発やシステム連携費用については、内容によって資産計上の検討が必要になる場合があります。
ベンダー側では、SaaSで提供するソフトウェアを自社利用ソフトウェアとして処理するのか、市場販売目的ソフトウェアとして処理するのかが重要な論点です。この判断により、資産計上開始時点、研究開発費の範囲、償却方法、耐用年数、減損判定が変わります。
また、PoCやアジャイル開発が広がる中で、将来の収益獲得が確実になった時点をどのように判断するかも重要です。
SaaS・クラウド関連の会計処理では、契約内容、利用実態、開発プロセス、収益モデル、社内管理体制を総合的に見て判断する必要があります。
会計処理に幅がある領域だからこそ、重要な会計方針や重要な会計上の見積りとして、会社の判断過程をわかりやすく開示することも大切です。
クラウドサービスを利用する会社、SaaSを提供する会社、SaaSスタートアップ、IPO準備会社は、早い段階からソフトウェア制作費の会計処理と内部統制を整理しておくことをおすすめします。
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【この記事の執筆者】
安田 亮(公認会計士・税理士)
安田亮公認会計士・税理士事務所 代表
京都大学経済学部在学中に公認会計士試験に合格。有限責任 あずさ監査法人、株式会社神戸製鋼所での実務経験を経て、2018年に神戸市で独立。
現在は、中小企業から上場企業に対する税務顧問、決算支援、税効果会計、連結決算、新リース会計基準への対応、組織再編、補助金・助成金に関する支援などを行なっています。また、金融機関や大手企業が運営する税務・会計・経営分野のWebメディアにおいて、記事の執筆・監修にも携わっています。
事務所ブログでは、税制改正や会計基準、経営実務に関する情報を、専門用語をできるだけかみ砕き、経営者や経理担当者の方に役立つ形で解説しています。






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